
「お別れセレモニー」で花束を受け取る白井淳一・深川駅長(3月31日午前、石狩沼田駅)
3月31日、留萌本線の石狩沼田駅と深川駅の14.4キロが鉄道営業を終了した。10年前の増毛駅・留萌駅間、3年前の留萌駅・石狩沼田駅間に続く廃線。これによって留萌本線は115年の歴史に完全に幕を閉じ、4月1日から路線バス18本と貸切バス1本の運行に切り替わった。
最終運行日のこの日、石狩沼田駅、秩父別駅、深川駅でそれぞれ時間を分けてお別れセレモニーが開催された。石狩沼田駅では午前11時から駅前の特設会場でセレモニーが行なわれ、役場の関係者や住民などを前に最初にJR北海道の島田修会長が登壇。「28年前、NHKの連続テレビ小説『すずらん』の撮影が沼田町で始まるということで、当地を訪れたのが最初の出会いだった。撮影協力のためにSLを復元し、結果的に留萌本線で8年間運行を続けるなど、沼田町の皆さんには大変な協力をいただいた」と挨拶した上で、「115年間ありがとうございました」と頭を下げた。
続いてお別れの言葉を述べたのが沼田町の横山茂町長。横山町長は3年前の廃線セレモニーでも涙の挨拶をしたが、今回も冒頭から声を詰まらせ、複雑な心境を滲ませながら、こう語り出した。
「留萌本線の石狩沼田・留萌間が姿を消してはや3年、あっという間に来てほしくなかった今日を迎えてしまいました。沼田町に鉄道が敷設されたのは1910年。沿線自治体の歴史と共に歩んできた留萌本線とも本日でお別れです。連ドラブームが過ぎ、高校の閉校、新型コロナの発生、人口減少などから利用者数が減少。時代の流れとはいえ、全線が廃線になることに言いようのない寂しさと悔しさが募ります」
存続が叶わなかったことに、「町民と全国の応援団の皆さまに心からお詫びを申し上げたい」と陳謝した横山町長は、「沼田町に鉄道が通ったのは、この地の開拓者である沼田喜三郎が自身の土地や財産を提供したことによると聞いています。そんな地域の財産である留萌本線を持続させ今後の鉄道を守るために、道内自治体で唯一、JR北海道を支援する立場を明確にした上で、街の応援団組織である“JRに乗り続け隊”の皆さまの協力も得ながら、さまざまな活動を展開してきました」と経緯を振り返った。
そして「鉄路が消えてしまうことに今でも憤りを感じている。北海道の広大な大地に鉄道が整備され、ローカル地域の隅々まで鉄路が繋がっていたからこそ極寒の大地での生活を続けることができた。道民の生活をはじめ北海道農業、観光産業、そして通学・通院を必要とされる方々を守るためにも、鉄路の存続は今後も絶対に必要です。これ以上道民が苦しむことがないよう、関係機関の皆さんがしっかりとスクラムを組んで取り組んでいただけることを願います」と声を震わせた。
最後に「今日で石狩沼田駅の灯りは消えてしまいますが、留萌本線は記憶の中でいつまでも走り続けます。ここから新たな石狩沼田駅物語が始まることを宣言して、心からお礼とお詫びを申し上げたい。ありがとう留萌本線。これからも共に未来をつくろう石狩沼田駅」と結んだ。
その後、ホームで地元沼田町の「沼田吹ガールズ」による出発演奏が行なわれる中、白井淳一深川駅長が右手を高々と上げて出発進行を発声。3両編成のディーゼルカーは、満員の乗客を乗せて深川駅に向かっていった。