佐藤良雄社長を悼む──創業者の心意気を貫いた生涯
アインホールディングス社長 大谷喜一氏
友人のため汗と涙を流す人情家
3人で苦難乗り越え互いに成長

2025年12月号

(おおたに・きいち)1951年7月浜頓別町生まれ。75年3月日本大学理工学部卒。77年4月杏林製薬入社。同社退社後80年7月オータニ設立、社長就任。81年11月第一臨床検査センター設立、取締役就任。88年5月第一臨床検査センター社長就任。98年11月アインファーマシーズに商号変更。2015年11月持株会社への移行に伴いアインホールディングスに商号変更。74歳

今も電話が来る気がする


 ──佐藤さんと初めて会った時の印象はどうでしたか。
 大谷
 若い頃、札幌青年会議所への同期入会で知り合いました。初対面で、いつものように「佐藤良雄です」とフルネームで自分を呼び、握手を求められましたが、態度がどこか大人びていて、てっきり年上かと。ちょっと苦手なタイプだと感じたのが第一印象です。
 当時、私は臨床検査事業のほかにドラッグストアも数店舗展開していて、JC仲間で狸小路に店舗を構えていた人によく相談に行っていました。そこにいつも彼が居て、話していくうちに自然と関係が深くなっていった。その後、佐藤さんが親しくしていた対馬徳昭さん(※つしま医療福祉グループ代表)とも仲良くなり、3人で会うようになりました。
 ──佐藤さんがキャリアバンクを始めた頃でしたね。
 大谷
 最初、キャリアバンクは人材紹介業でした。ただ、それでは一発勝負になるから人材派遣も加えた方がいいとアドバイスして、私の会社が最初の顧客になって調剤薬局の事務職に人材を派遣してもらったことがあります。

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