札幌心臓血管クリニックの新院長 循環器内科の八戸大輔医師に訊く
ボトムアップでつくる新体制
劇的に進化した「弁膜症治療」

2026年01月号

「組織としてトップダウンとボトムアップの両方を備えたい」と話す八戸院長

はちのへ・だいすけ)札幌市出身。2004年旭川医科大学卒業。札幌東徳洲会病院、福岡徳洲会病院、韓国国立全南大学病院(韓国・光州)湘南鎌倉総合病院などを経て2015年から札幌心臓血管クリニックに勤務。入職後にサン・ラファエル大学病院、コロンブス病院(イタリア・ミラノ)に留学。同クリニック循環器内科部長を経て25年5月に院長に就任(SHDセンター長兼務)。日本内科学会専門医、日本循環器学会循環器専門医、日本心血管インターベンション治療学会専門医、日本プライマリケア連合学会認定医・指導医、日本感染症学会感染管理医師(ICD)。47歳

Medical Report

循環器分野における国内屈指の拠点病院として知られる医療法人札幌ハートセンター 札幌心臓血管クリニック(札幌市東区・107床)の新院長に、循環器内科部長だった八戸大輔医師(47)が就任して7カ月。これまで強いリーダーシップで同病院を成長させた藤田勉理事長・院長が東南アジアに進出するため退任し、新たに現場を任されたのが弁膜症治療のエキスパート、八戸医師だった。「藤田先生が培ってきたことを引き継ぎつつ、患者さんのために新しい風を吹かせたい」とする八戸医師に院長就任の経緯や弁膜症の最新治療などを訊いた。

(11月26日取材 工藤年泰・武智敦子)

フットサル場「蹴」が盗まれた現場

緊急逮捕の実態
警官が証言

北海道の放射性廃棄物施設問題をめぐる歴史をたどる

札幌心臓血管クリニック新院長 八木大輔医師に訊く
ボトムアップでつくる新体制と劇的変化の弁膜症治療

多職種連携の新体制へ


 札幌心臓血管クリニックは、2008年4月に前理事長・院長の藤田勉医師が開院した19床の循環器内科の単科病院からスタートし、今では循環器分野で国内トップレベルの技術と実績を持つ専門病院に成長したことで知られる。
 2018年には世界展開を睨み、中国の武漢などで複数の病院を展開するアジア医療グループ(AMG)と提携。創業者である藤田医師は25年6月からAMGが資本参加している、「バリ・インターナショナルホスピタル」(インドネシア・バリ島)の循環器部門の責任者として現地に赴任することが決まり、理事長・院長を退任する流れに。これに伴い5月に新院長に就任したのが循環器内科部長の八戸大輔医師だった。
「藤田先生がバリの立ち上げに行くので院長をお願いできないかとAMG側から打診がありました。藤田先生はカリスマ性と強いリーダーシップで患者さんから信頼されていました。その後を自分が引き継ぐことに最初は戸惑いもありましたが、先生が培ってきた素晴らしい面を引き継ぎながら、新しい風を吹かせるための取り組みをしていこうと考えました」(八戸院長・以下同)
 新理事長には副院長だった鹿島由史医師が理事会で選任され、7月から医療法人の代表として病院の運営を統括している。臨床現場の運営に携わる八戸院長とともに文字通り二人三脚での再スタートとなった。
 新体制となった札幌心臓血管クリニックで八戸院長は「新しい風」を吹かせるためにどのようなことにチャレンジしているのか。
「職員数450人規模の札幌心臓血管クリニックを今後も続けていくには、これまでのトップダウンだけではなく、下から意見を吸い上げるボトムアップ的な体制が必要でした。当院では外来や入院患者の対応について全て医師が指示してきた関係で、どうしても他の職種のスタッフが指示待ちになることが多かった。これを改善し、それぞれのスタッフが患者さんにベストを尽くせるように始めたのが、医師、看護師、薬剤師、リハビリ担当、ソーシャルワーカーなどによる多職種連携でした」
 もちろん治療方針については医師が決めていくが、回復や退院までの過程は看護師やリハビリ職など多職種が連携しながら考えていく。職員の意識改革を狙った取り組みでもあり、「まだ完成はしていませんが、浸透しつつあります」と八戸院長は手応えを感じている。
 さらに、病院が抱えるさまざまな課題を解決するため10人単位の「ワーキンググループ」も立ち上げた。現在、「職員の福利厚生」「患者の立場に立った病院」といったテーマごとに28のグループがあるといい、ベテランだけでなく新人職員も参加しており、若手からの意見を吸い上げやすくしている。各グループの代表者は月に1度のミーティングで情報共有や意見交換を行ない、導き出された結果については最終的には院長をはじめ事務長、看護部長らで協議して結論を出す流れになっている。
「まだ始めて3カ月ですが、ボトムアップの仕組みを導入したことで変化が出てきました。成果のひとつとして、病院のWEBサイトに新しく医師や診療看護師(NP)を募集するページを立ち上げました。卒業後6年から10年でキャリアアップを目指す医師や国内トップレベルの診療看護師を志す人材を募集しており、若手医師が出した論文や国内留学をした医師の手記などさまざまな情報を発信しています。また、外来の長い待ち時間を解消するためワークフローの改善にも着手しています」
 近くワーキンググループのメンバーが週に1回程度、SNSで各グループの取り組みや治療について情報発信する取り組みも始める予定だ。
 八戸院長は「新体制への戸惑いもあったせいか、7月は患者さんが少し減りましたが、それ以降は治療件数も元に戻り、むしろ増加傾向です」と振り返る。インフォームド・コンセント(患者への十分な説明と同意)についても丁寧かつ詳細に行なうよう指示を出し、狭心症や心筋梗塞など虚血性心疾患に対するPCI(経皮的冠動脈インターベンション)の術前には治療法を、術後には管理の仕方などについても丁寧な説明を行なうようにしている。

心臓の内部構造と三尖弁の位置。心房から右心室に送り込む働きをしている

三尖弁置換術のイメージ©️JensCare

三尖弁クリップ治療(TriClip)のイメージ提供:Abbott Medical Japan LLC

手術中の八戸院長(左)

心臓の内部構造と三尖弁の位置。心房から右心室に送り込む働きをしている

三尖弁置換術のイメージ©️JensCare

三尖弁クリップ治療(TriClip)のイメージ提供:Abbott Medical Japan LLC

手術中の八戸院長(左)

「三尖弁逆流症」に朗報


 この八戸院長は弁膜症の内科的手技で全国トップクラスの症例を持つエキスパートだ。6年前には僧帽弁閉鎖不全症をカテーテルで治療する「マイトラクリップ(Mitra Clip)」を導入するなど、低侵襲な最新技術を導入してきた。現在は三尖弁における人工弁の植え込み術も手掛け、26年5月からは三尖弁のクリップ治療を始める予定だ。詳しい治療法の解説の前に、心臓の弁の働きについて説明しよう。
 心臓には、血液の流れを一方向に維持するため、右心房と右心室の間にある「三尖弁」、右心室と肺動脈の間にある「肺動脈弁」、左心房と左心室の間にある「僧帽弁」、左心室と大動脈の間にある「大動脈弁」という4つの弁がある。
 三尖弁は右心房が収縮する際に開き、血液を右心室に送り込む。右心室が収縮すると閉じて血液が逆流しないように機能する。心臓が効率良く血液を循環させるのに不可欠な弁で、弁が正常に機能しないと血液が逆流する三尖弁逆流症を起こす。
「三尖弁は低圧系の弁で『忘れられた弁』とも言われ、以前はあまり重要視されませんでした。三尖弁は血液が通る時に開いて、通り終えると閉じます。ところが心臓が悪くなると弁が閉じにくくなり血液が逆流します。こうなると足や顔が浮腫むなど心不全の症状が現れるため、利尿剤で水分を抜きながら経過観察することが多かった」
 だが、利尿剤の長期使用は腎臓や肝臓の機能低下につながる。これまでは三尖弁逆流症(閉鎖不全症)の治療を目的に胸を切開(開心術)することは少なく、僧帽弁や大動脈弁の手術の際に併せて行なうことが多かったが、近年はある程度症状が進んだ三尖弁逆流症は積極的に治療をしていく流れになってきた。「この治療を胸を開かずカテーテルで行なえば患者さんにとっては福音です。それが牛の組織を使った生体弁(人工弁)で置き換える三尖弁置換術です。中国では一般的に行なわれている治療で昨年、提携をしているAMGから提案されました。治療で使う人工弁と機器は中国の医師が開発し、同国のメーカーが販売していますが、デバイスが素晴らしい。昨年の夏に当院で最初の治療を行なったところ経過は非常に良好です」
 患者は高齢の女性で三尖弁不全による血液の逆流で浮腫みがひどく、心不全で入退院を繰り返していた。間質性肺炎を患うなど肺機能も低下しており、開胸手術は難しい状況だった。ところが、三尖弁の生体弁置換術を行なってからは経過がよく、入院することもなくなった。
 来年の4月からは、症状が重い三尖弁逆流症の患者を対象にしたカテーテルによる三尖弁クリップ治療(TriClip)もスタートする。すでに保険適用が決まっており、一般社団法人日本循環器学会が施設基準の設定を急いでいる。「静脈からカテーテルを入れる三尖弁クリップ治療は、私たちがやってきた置換術より適応範囲が広い。薬で様子を見てきた三尖弁逆流症の患者さんには心臓の機能が低下している人が少なくありません。このため、三尖弁の逆流を完全に止めない方がいいケースもあります。なぜなら右心室の機能が非常に弱っている場合は、逆流を完全に止めてしまうと肺に血液を送り出せなくなることがあるからです。そのようなケースでは、弁尖を挟むことで血液の逆流を軽減できる三尖弁クリップ治療は、丁度いい状況を作ることができます」


 今後の病院運営については、「医師による世界最先端医療の提供とともに、看護師などのメディカルスタッフが自分たちで患者さんのことを考えケアできる仕組みの両方を整備していく」方針。数年前から検討されてきた病院の建て替えは建設コストが非常に高騰している状況から、医療法人として「現在は手を出す状況ではない」と判断。今回の再スタートを踏まえ、まずは医療機関として体力をつけることを優先する。
 新たに札幌心臓血管クリニックの現場を率いる八戸院長は札幌生まれ。幼少期を横浜、東京などで過ごし高校から札幌へ。「人を助ける仕事に就きたい」と医者を志し、旭川医科大学で学んだ。卒業後は医大の医局に残るつもりだったが、見学した札幌東徳洲会病院(札幌市東区)の野戦病院のような現場に圧倒された。
「鉄は熱いうちに打てではないですが、若いうちに救急を含めて多くの経験を積みたいと飛び込みました」
 循環器内科では特に弁膜症治療に精通し、弁膜症だけで年間約400症例をこなすエキスパートだ。
 取材の最後に医師としてのやり甲斐を尋ねると、こう言って笑顔を見せた。
「弁膜症はきちんと治療すると本当に体が楽になります。患者さんやご家族から感謝されることも多く、そんな時はすごく嬉しいですね」


医療法人札幌ハートセンター
札幌心臓血管クリニック

札幌市東区北49条東16丁目8番1号
☎:011-784-7847
HP:https://www.scvc.jp/

フットサル場「蹴」が盗まれた現場

緊急逮捕の実態
警官が証言

北海道の放射性廃棄物施設問題をめぐる歴史をたどる

札幌心臓血管クリニック新院長 八木大輔医師に訊く
ボトムアップでつくる新体制と劇的変化の弁膜症治療

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