Business Report
エア・ウォーターと戸田工業が目指す社会実装
豊富温泉の天然ガスを水素に変える最北の温泉郷が発信する未来の技術
豊富町で竣工したDMR水素製造プラント(9月18日撮影)
エア・ウォーター(本社大阪)と戸田工業(本社広島)が、天塩郡豊富町の豊富温泉地区で建設を進めていた天然ガスを利用した国内初の「DMR法」による水素製造実証プラントの竣工式が9月18日、現地で開かれた。温泉に付随して噴出する未利用資源を原料に二酸化炭素(CO2)を発生させずに水素製造を可能にする最先端技術で、副生成物のカーボンナノチューブ(CNT)は、高い導電性を持つことから小型二次電池などの新たな用途が期待できる。エネルギーの地産地消サプライチェーンの構築に繋がるプロジェクトとして注目される。最北の温泉郷から世界に向けて発信する未来の技術をレポートする。
(9月18日取材 佐久間康介・工藤年泰)
豊富温泉で自噴する天然ガス
エア・ウオーター北海道の庫元達也社長
(9月18日の竣工式で)
戸田工業の友川淳取締役常務執行役員(同)
河田誠一豊富町町長(同)
現地で取材に応じる田中真子センター長
国内初「DMR法」実証プラント
エア・ウォーターと戸田工業は、先のNEDO委託事業として2021年から天然ガスやバイオガスなどの主成分であるメタン原料から、DMR法よるCO2フリー水素の製造プロセスとシステム開発に取り組んできた。
豊富町で自噴するメタン含有量95%の良質な天然ガスは、これまで温泉街の暖房や加温熱源用に全体の一部が使われているに過ぎなかった。多くは未利用で大気放出されていたため、エア・ウォーターと戸田工業は、この未利用分を有効活用しようと2023年、同町に実証プラント建設を打診。同町も天然ガスの有効利用に繋がるとして賛同し、協力することにした。
当時を振り返り豊富町の河田誠一町長は、「2022年にエア・ウォーターと戸田工業かDMR方式による水素とCNTの製造の話を伺った際は、優れた技術で間違いなくNEDO事業に採択されると思った。コロナ禍の最中でもあり、関係者の方々はご苦労されたと思うが、協議に当たってはワクワクする思いで期待が膨らみました」と話す。
竣工したプラントは鉄骨造2階建て、延べ床面積約630平方メートル。エア・ウォーターの水素精製・高純度化技術と戸田工業のDMR反応炉を組み合わせた連続プラントで、総事業費は約15億円。1日あたり1000立方メートルの天然ガスを原料に、約700℃の触媒反応によって1時間当たり40立方メートルの水素と15キログラムのCNTを生産できる。専用のガス精製設備を通じて産業用途に99.99%以上の高純度水素を供給可能で、水素ガスは水素吸蔵合金によって液体水素より安全に貯蔵、供給できる。水素吸蔵合金を使うため高圧ガス保安法および消防法の規制対象外となり、特別な資格や設備対策を必要とせず導入が容易というメリットがある。
温暖化効果がCO2の28倍とされるメタンを多層CNTとして固体炭素に固定化することによって温暖化効果を低減できるとともに、製造したCNTは輸送・保管コストの低減も可能となる。
工場の建屋内には、数多くのタンクとそれらを繋ぐ金属製のパイプが、縦横に張り巡らされている。建屋内に入ると、キーンという金属音が絶え間なく響き、時折モーター音も聞こえてくる。地下から天然ガスがパイプで建屋の外にある脱流棟に運ばれ、そこで天然ガスに含まれている硫化水素などの不純物を取り除き、CO2を低濃度にして、不純物の少ない天然ガスにする前処理が行なわれる。その天然ガスを2階にあるDMRの反応炉に投入する。反応炉は天然ガスを熱源として炉内を700℃の高温状態にしており、右から投入された天然ガスと高活性の酸化鉄触媒が炉内を左に向かっていくにしたがって反応が進み、左側から水素とCNTが生成される仕組みになっている。
このプロセスで生成された水素は冷却や精製工程を経て99.99%の高純度になる。一方、CNTはパイプ内を搬送されて1階の貯留タンクに投入される。この段階のCNTは軽くてふわふわしているため、ハンドリング性能と輸送効率の向上のため、密度を3倍程度に高めて造粒される。このCNTは導電性が高いため、リチウムイオン電池の導電材料として需要が期待できる。
プラントの心臓部、DMR反応炉
成型品となったカーボンナノチューブ
豊富町が管理・運営する天然ガス採取プラント
エア・ウオーター北海道の庫元達也社長
(9月18日の竣工式で)
戸田工業の友川淳取締役常務執行役員(同)
河田誠一豊富町町長(同)
プラントの心臓部、DMR反応炉
成型品となったカーボンナノチューブ
現地で取材に応じる田中真子センター長
豊富町が管理・運営する天然ガス採取プラント
最北の温泉郷から世界へ発信
9月18日午後、プラント前で開かれた竣工式で、エア・ウォーター北海道(本社札幌)の庫元達也社長は、「温泉随伴ガスという地産のガスを活用し、CO2を排出することなく水素を生産して地域で活用する新たなエネルギーの地産地消サプライチェーン創造を目に見える形にしたのが、今回の実証プラント。今後、次年度以降の継続的な運営と地域貢献に向けた体制構築を推進したい」と挨拶した。またパートナーである戸田工業の友川淳取締役常務執行役員経営企画室長は、「メタンを水素として資源化、エネルギーの地産地消を実現する取り組みで、豊富町から世界へ発信される誇り高きプロジェクトになると確信している」とした。
来賓で出席した河田町長は、「最北の温泉郷から最先端の技術を広め、脱炭素社会に貢献したい。エア・ウォーター、戸田工業、豊富町がワンチームになって頑張っていく」と意欲を語った。また宗谷総合振興局の西岡孝一郎局長は、「このプロジェクトは、ゼロカーボン北海道の実現に向けた大きな後押し。道はエネルギーの地産地消の発展を進め、環境と経済社会が好循環する持続可能で活力ある地域づくりに取り組んでいく」とエールを送った。
このプロジェクトの責任者であるエア・ウォーターグリーンイノベーション開発センター(大阪市中央区)の田中真子(まさこ)センター長は、現地で取材に応じ、「DMRは国内初の技術であり、国産の未利用天然ガスを原料にグリーンな水素をつくるという日本にとって新しい取り組み。重要なカーボンニュートラルの一歩であり、地域でつくって地域で使う、エネルギーの地産地消に繋がる。CNTが高い価格で販売できれば、水素を相対的に安く仕上げられるのでポテンシャルは大きい」と話した。
今後、実証実験を3カ月行ない、生産した水素は「豊富町産水素」として、近隣にある天塩郡幌延町にある雪印メグミルク幌延工場で利用し、CNTはリチウムイオン電池の導電材料などとして販路を開拓する。今回のプラント稼働によって得られるデータをもとにプロセスの最適化を進め、来年3月末までにDMR法による水素製造システムを確立することにしている。政府の「水素基本戦略」における2030年の水素製造コストの目標である30円/N立方メートル以下を実現するとともに、水素サプライチェーンのクリーン化と事業の社会実装に取り組むとしている。
まちの将来を握る天然ガス
豊富温泉の天然ガスは1日約1万立方メートル産出されており、これは標準的な「飛び込みプール」(約3千立方メートル)の約3倍分に当たるボリューム。これまでは一部が温泉街の各熱源や工業団地にある豊富牛乳公社のヨーグルト工場で活用されてきた。
「その中で今回の水素製造事業により、町として販路の拡大ができたことは財政的にも大きな意義がある。今回のプラント分を加えても温泉随伴ガスの半分以上は未利用となっており、資源としてポテンシャルは大きいものがあります」(豊富町商工観光課鉱山保安係)
エア・ウォーターグループは事業領域を地球環境、ウェルネスという2軸として既存事業の拡大と効率化、新たな事業創出に取り組んでいる。グループのエア・ウォーター北海道は、高い再エネポテンシャルを有する北海道で事業を展開していることから、水素やバイオメタンといった地球環境に関わる新たなエネルギー創出とサプライチェーンの構築に注力してきた。
一方の戸田工業は2030年度に向けたあるべき姿を掲げ、足元3年間の中期経営計画(ビジョン2025~27年度)を策定。その中で最も重視しているのが事業ポートフォリオマネジメントの強化で、今回のエア・ウォーターとの共同事業は、その中核を担う次世代事業と位置付けている。同社は、捨てられていた金属材料から磁性材料を取り出す技術など、不要物を価値あるものに変えてきた技術の蓄積がある。
今回の事業は、温室効果ガスのメタンを水素として資源化、エネルギーの地産地消を実現するもので、戸田工業にとっても、企業価値向上に資するものと言えるだろう。
「水素を工業のバイプレーヤーからエネルギーの主役にしなければならない。また、CNTが未来を作る素材であることを推進していかなければならない」と河田町長は地元の関係者として大きな期待を寄せた。
道北の豊富温泉郷で始まった、エア・ウォーターと戸田工業、そして豊富町の3者協業による未来に向けた挑戦に注目していきたい。
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