Interview
北海道信用保証協会の山谷吉宏会長に訊く
肩代わりだけではない役割 企業の支援と再生こそ使命

2023年05月号

(やまや・よしひろ)1954年1月生まれ。室蘭市出身。早稲田大学政治経済学部卒。1980年北海道庁に奉職。2010年総合政策部地域振興監、11年環境生活部長、12年経済部長を経て13年から18年まで副知事を務めた。同年7月北海道信用保証協会会長就任。実父が室蘭市輪西で洋品店を経営、浪人中に手伝ったという。69歳

新伴走で「ゼロゼロ」借換を促進

コロナ禍が沈静化し経済が平時になりつつある中、ゼロゼロ保証(実質無利子・無担保融資)が返済時期に入ってきた。道内ではゼロゼロ保証を受けた半数以上が返済を始めているが、これから返済が始まる事業者のうちおよそ3割が返済に不安を抱えているという。このような中で北海道信用保証協会(本店・札幌市中央区)は、事業者に借り換え保証でソフトランディングを促す一方、創業支援など前向き資金の保証にも力を入れている。コロナ後を見据えた同協会の舵取りと企業支援について山谷吉宏会長に訊いた。キーワードは「攻めの信用保証協会」だ。

(3月30日取材 工藤年泰・佐久間康介)

|胆振東部地震の経験生かしゼロゼロ保証に意向を反映|


 ──ゼロゼロ保証を受けた事業者の返済が本格化している中で、一部では今後の倒産増が懸念されています。まず、ゼロゼロ保証が始まった経過から教えてください。
 山谷
 景気変動の際に、セーフティネットとして中小企業事業者を支援するため政府の緊急経済対策が動きますが、それに応じて私たち信用保証協会も積極的な保証活動を行なうことを原則としています。
 リーマンショックの時には、金融円滑化法が1年間の時限立法で施行され、1年また1年と延長になった。しかしながら据え置き期間が1年ずつしかなかったので、融資を受けた企業は借りたはいいが経営が苦しいという状況が続きました。
 当時、私たちの代位弁済額は年間300億円くらいで、それが3年ほど連続した。金融機関が貸出しする一方で代位弁済が発生する状況でした。かつてのバブル崩壊、そしていま述べたリーマンショックなど過去の経験から見て、ショックの影響が収まるのに3年間が必要ということ分かってきたのです。
 そんな経緯を踏まえ、今回2020年にコロナ禍が始まった時、私どもは北海道独自の緊急短期保証を発動しました。これは、胆振東部地震(2018年)のブラックアウトで事業者がダメージを受けた時に立ちあげた緊急対策保証を利用したものです。当時の緊急対策は、売上げが落ちた中小事業者を支援する保証制度として機能しました。ブラックアウトの被害が収束した後も制度を生かしておいたのですが、今回のコロナでも使えると判断し、国のセーフティネット、緊急対策が動き出すまでこれで繋ごうと考えたのです。
 ただ今回のコロナに関して国の動きは早く、セーフティネットが次々と発動になり、同年5月にはゼロゼロ保証が動き始めました。

道庁時代からスピーディーな対応に定評のある山谷氏だが、その手腕は道信用保証協会でも発揮されているようだ

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企業支援に〝攻めの姿勢〟で臨む北海道信用保証協会(写真は札幌市中央区の本店)

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