「日本の食糧基地」の礎となった札幌農業の真骨頂は多種多様さ
“知られざる宝”を地域資源として活かせ

2021年08月号

6月26日の丘珠あおぞら市で笑顔を見せる三部氏
(さんぶ・えいじ)昭和30年10月17日、札幌市生まれ。昭和53年北海道大学農学部卒業。54年札幌市職員に採用され、当時南区小金湯にあった札幌市農業センター(同市経済局農務部)での勤務以降、農業職一筋で奉職。平成9年農務部農産振興係長、18年農政部農産担当課長、22年農政部長(札幌市農業委員会事務局長兼務)就任。平成28年に市役所を退職し、同年JFEエンジニアリング入社。同時期に「札幌農業と歩む会」会長就任。65歳

Agri Report ──「札幌農業と歩む会」三部英二会長に訊く
 
明治以来、広大な土地を拓いて日本の食糧基地とまで呼ばれるようになった北海道だが、その礎となったのが札幌の農業だ。高度成長期以降の都市化に押されて農村のイメージは薄れてしまったが、実はこのまちの農業は昭和40年代まで栄え、現在も野菜の収穫量や作付面積は全道の中で高水準にある。さらにタマネギの「札幌黄」やキャベツの「札幌大球」などこのまち独自の品種も豊富で、果樹に畜産、近年ではワイナリーなど生産面も実に多種多様だ。そうした札幌農業の特色と現状について、元札幌市農政部長で現在「札幌農業と歩む会」会長を務める三部英二氏(65・JFEエンジニアリング北海道支店顧問)に取材した。いのちを育み、次世代に繋げる役目を持つ生命産業、農業。その魅力と可能性を探る「Agri Report」第1弾をお届けする。
(本誌編集部)
 

五輪まで農業都市だった札幌

 
「いわゆる機械職や建築職といった市の専門職のうち、私は農業職として昭和54年に札幌市に入りました。そもそも大学(北海道大学)も農学部で、専攻は果樹・野菜。学校で得たものを活かせる仕事に就きたいと、当時野菜の一大産地だった札幌市の農業職を受けたんです。以降役所では37年間農業一筋。ただ時代の変化で札幌市の農業職は私で最後となりました」
 そう語る三部氏は、都市化に伴う札幌農業の衰退や、その後の地域ブランドの盛り上がりで地元の農産物が見直されるようになるなど、言わば今日までの札幌農業の浮き沈みを間近で見てきた人物だ。
 その三部氏が会長を務める「札幌農業と歩む会」は令和2年、「こんな近くに!札幌農業」(共同文化社発行)という書籍を刊行した。本書には道内自治体と比較した札幌産主要作物の収穫量や作付面積のランキングをはじめ、現在に至る地元農業の歴史、種類豊富な農産物やそれらを手掛ける生産者らの素顔などが広く紹介されている。
 まずは同書籍と三部氏への取材から札幌農業の歩みと今日の状況、潜在力などについて紹介したい。
 実のところ札幌農業は、現在の市営地下鉄東豊線・環状通東駅の辺りに幕府の御手作場(おてさくば)が設けられるなど、江戸時代から基礎は築かれていた。それが北海道全体の基幹産業にまで押し上げられるきっかけとなったのは、今で言う農業試験場の役割を担った札幌官園の設立だ。いわゆる雇われ外国人のホーレス・ケプロン元米国農務長官の提案で明治4年札幌に設けられ、その前に設立されていた七重官園(現在の道南七飯町)と東京官園と共に、先進の農業技術をはじめ外国から持ち込まれた数多の農産物のうち、どれが北海道での営農に適しているかが研究された。
「驚くのは、この当時からパースニップ(※シロニンジンとも呼ばれる根菜)やセロリといった、今でも新しいものと感じる野菜が導入されていたんです」(三部氏、以下同)
 北海道大学の前身たる札幌農学校が明治9年に開校して後、札幌官園が担ってきた農産物の種苗研究などは同校に引き継がれる。そして明治10年に赴任した農学者のウィリアム・ペン・ブルックス氏が、適地適作農産物のさらなる普及拡大に貢献。そのひとつに自身の故郷から持ち込んだ「イエロー・グローブ・ダンバーズ」というタマネギがあるのだが、それを起源に今日に至るまで生産されているのが「札幌黄」だ。道内におけるタマネギの主要産地は現在オホーツク管内の北見市だが、昭和50年頃までは札幌が1位だった。
「ブルックス先生の取り組みの中で、種子を採種し選抜、改良するビジネスを手掛けられたことは、大変大きな功績だったと私は思っています。これにより農業者の競争意欲に火が点いた。実際にその後何十年も選抜、改良を繰り返して、今日の『札幌黄』は生まれている。農業者自らの力で技術を発展させていく動きが生まれたのは、大きな転換点だったと受け止めています」
 そうした明治期を経て、基本的に札幌の農業は昭和40年代半ばまで栄えてきた。しかしながら同44年より稲作から他の作物への転作に重点を置く米の生産調整がスタート。この年には都市計画法も施行された。札幌冬季五輪の開催年である同47年には政令指定都市に移行し、都市化が加速。農地は開発のための予備地として扱われるようになっていき、農業は縮小の流れを辿る。
 

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