いしかわ・ともひろ
1973 年十勝管内足寄町出身。1992 年函館ラ・サール高校卒。1996 年早稲田大学商学部卒、在学中から小沢一郎(現衆議、自由党共同代表)の書生を務め、後に秘書に。2005 年衆院選で道11 区から出馬し落選するも、2007 年に繰り上がり当選。以後2009 年衆院選でも勝利し、2012年衆院選では比例復活当選。2013 年政治資金規正法違反の有罪判決を受けたことに伴い議員辞職。2016 年法政大学大学院政治学研究科政治学専攻修士課程修了。2017 年10 月に公民権停止が解除。45 歳
妻の勝利で別の政治道を決断。地元からは足寄町長の要望も
──知事選立起の理由は。
石川 2017年10月の衆院選で私は立候補することができず、妻の香織が道11区から出馬し勝利しました。選挙戦では相手陣営から、妻は私の身代わりにすぎないといった声も聞かれましたが、当然のことながらその勝利は、大多数の有権者が石川香織という候補者を信頼し期待して投票した結果です。
妻の勝利を受け、私は別の道を選ぶことを決めました。国政復帰の思いはありましたから、今夏の参院選という選択肢もあった。そして、地元足寄町の皆さんからは、次の町長にといった声も多く寄せられていたんです。
そんな折、4者会議(=民主連絡調整会議、立憲民主道連・国民民主道連・連合北海道・北海道農民政治力会議で構成)から次の知事選候補者について、「現段階でいろいろな方に当たってはいるが、石川さんも有力候補なので考えて欲しい」との連絡が1月16日にありました。そして26日には、4者会議を代表して私のところに来られた立憲民主党道連の佐々木隆博代表と市橋修治幹事長から正式に要請を受けました。
子どもと会う機会が少なくなることへの心配がありましたが、「チャンスがあるのならば頑張って欲しい」と妻は背中を押してくれました。そして支援者の皆さんに、知事選に挑戦したい意向を伝えたところ、全員が「ふるさとを元気にするのであれば頑張れ」と送り出してくれたのです。