老健「けあ・ばんけい」の施設長にピロリ菌研究の浅香正博医師が就任
学者から「ひとりの医者」として利用者に尽くす老年医療に邁進

2024年09月号

新たな職場で意欲を見せる浅香施設長(けあ・ばんけいのロビーで)

(あさか・まさひろ)1948年美幌町出身。72年北海道大学医学部卒業、78年北大医学部付属病院第三内科助手。アメリカ・テキサス州ベイラー大学留学を経て94年北大医学部内科学第三講座教授。2000年北大大学院医学研究科消化器内科学教授。07年北大病院院長。11年同研究科がん予防内科学講座特任教授。16年北海道医療大学学長。24年「けあ・ばんけい」施設長。日本ヘリコバクター学会理事長などを歴任。76歳

Medical Report

日本におけるピロリ菌研究の第一人者で胃がん死亡者の減少に大きな貢献を果たした浅香正博医師(76)。長く北海道大学病院の消化器内科領域で活躍し、昨年度まで北海道医療大学学長を務めていた同氏がさる4月、社会医療法人社団カレスサッポロ(大城辰美理事長)が運営する介護老人保健施設「けあ・ばんけい」(札幌市中央区盤渓)の施設長に就任した。今回の学長からの転身に浅香医師は、「もともと私は現場主義。ここでは原点に返ってひとりの医者として利用者を診ていきたい。これまでの集大成として老年医療の研究と実践に打ち込みます」と意欲を語っている。

(7月18日取材 工藤年泰・武智敦子)

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「老年医療は最後の使命」


 我が国におけるヘリコバクー・ピロリ(ピロリ菌)研究の第一人者として知られる浅香医師は、オホーツク管内美幌町の出身。北大医学部を卒業後、北大医学部付属病院第3内科助手時代に文部省在外研究員としてアメリカ・テキサス州ベイラー大学医学部消化器科へ留学。1982年4月から同大医学部講師を務め、84年にはサウジアラビア厚生省の招きでジエッダ市の内視鏡センターでアラビア人医師の指導を行なったこともある。
 帰国後は北大医学部内科学第3講座教授、同大大学院医学研究科消化器内科学教授を経て、2007年から10年まで北大病院院長。16年から当別町の北海道医療大学学長を8年間務め、今年4月から社会医療法人社団カレスサッポロが運営する介護老人保健施設「けあ・ばんけい」の施設長に着任した。
 半世紀にわたり、消化器内科の学者として活動した浅香医師は、同施設へ赴任した経緯を次のように説明する。
「北海道医療大学の学長を退任することを決めた数日後、大城さん(大城辰美理事長)から電話があり、けあ・ばんけいに来てほしいのですが、どのくらい待てばいいですかと聞かれました。まもなく退職することを伝えると、前任の施設長が3月末で辞めるのですぐ来てほしいと。少しゆっくりしようと考えていたのですが、タイムラグなしの転身となりました」(浅香医師、以下同)
 とはいえ、老健施設に関する知識がほとんどない中での着任だったので、最初は戸惑うことも多かったという。
「ここでは利用者の体調が悪くてもレントゲンは撮れないし、心電図の設備もない。そのような中で服用する薬剤などを管理しなくてはならない。着任後1カ月ほどかけて介護保険法に基づいてサービスを提供する老健施設について勉強しました。まだここでの看取りは経験していませんが、医療機関との連携の大切さを実感しています。私は消化器内科の医師として50年の経験がありますが、『けあ・ばんけい』は超高齢者の世界で、かつ通常の医療をできるところではありません。以前から老衰に関する研究も始めようと考えていたので、ここに赴任できたのはよかったと考えています。私にとって老年医療の研究は最後の使命だと思っています」と意欲を見せる。

リハビリの場としても利用される広々とした食堂(1階)

ピロリ菌の除菌に使用するパック製剤(1日分)

安全に配慮された大浴場(1階)

リハビリの場としても利用される広々とした食堂(1階)

ピロリ菌の除菌に使用するパック製剤(1日分)

安全に配慮された大浴場(1階)

胃がん死亡者減少に貢献


 浅香医師が生涯をかけて取り組んできたピロリ菌にも触れておこう。ピロリ菌はらせん状の細長い形をした細菌で、免疫の弱い子どもが感染することが多い。いったん胃の粘膜に侵入すると、ピロリ菌から胃を守ろうと免疫反応が働くことで炎症が起きて慢性胃炎になる。
 この慢性胃炎を放置すると、胃粘膜が萎縮する萎縮性胃炎になり胃がんのリスクが高まる。浅香医師は、ピロリ菌が胃の粘膜に住み着いて、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃がんなどの疾患を引き起こすメカニズムを長年研究。参議院議員の秋野公造氏(元厚労省技官・内科医)と共にピロリ菌感染胃炎に対する除菌の保険適用を実現させた。
「実は、日本人の胃がんの98%がピロリ菌によるものです。以前、この細菌は汚染された水から人間に感染しました。私が子どもの頃は上下水道が整備されておらず、井戸水を使うことが多く、このためピロリ菌の感染率は非常に高かった。開発途上国でピロリ菌の感染率が高いのはこのためです」
 ただピロリ菌由来による胃がんの発症は感染者の1%程度だという。2000年に胃潰瘍と十二指腸潰瘍でピロリ菌の除菌療法が保険適用となり、2010年に胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃がんの内視鏡手術後に拡大されたが、胃炎の保険適用は2013年になってからだった。
「ピロリ菌由来の感染胃炎の保険適用は最初ハードルが高かった。そのころ元厚労省の技官だった秋野さんと知り合ったことがプラスに働き、13年にピロリ感染胃炎に対しても保険が拡大されました」
 これ以降、日本では延べ1000万人以上の人からピロリ菌が除去されたと言われる。大きな節目となった13年から胃がんの死亡者数は減少し始め、10年後の23年には死亡者数が4万人を切り22・5%の減少率となっている。
「日本の胃がんによる死亡者数は、1970年から約40年にわたり5万人前後が続いていました。減少の理由は、ピロリ菌除菌に伴い内視鏡検査が義務付けられ、この検査が驚異的に増加したことが大きい。結果的に9割以上が助かる早期胃がんが発見される機会が増え、あっという間に効果が出てきました」
 ピロリ菌が見つかれば、飲み薬のパック製剤を用いて除菌を行なう。胃酸の分泌を抑える薬剤と2種類の抗生物質を1日2回、計12錠を1週間飲み続ける。除菌されたかどうかは1カ月後に分かる。それでも除菌できない場合は、ほかのもう1種類の薬剤を使い健康保険の中で行なうことができる。
「このようなパック薬剤を持っているのは世界中で日本だけで、2種類の薬を合わせることで95%の除菌が可能です。ピロリ菌の除菌をめぐっては、北大が行なう研究などではないと批判されたこともありますが、潰瘍、胃炎、萎縮性胃炎とひとつずつ保険適用を広げることにより、自分でもどんどんのめり込んでいきました」
 ピロリ菌に感染していても早期に除菌すれば胃がんの予防効果は高い。浅香医師が学長を務めていた、北海道医療大学のある当別町や札幌市では、中学生を対象に尿検査でピロリ菌の有無を調べている。

利用者の命を繋ぐことに全力


「けあ・ばんけい」は、札幌市中央区ながら緑豊かな盤渓地区にある介護老人保健施設。病院で加療していた患者が退院後に入所して、一定の期間リハビリなどを行ない在宅復帰を支援する性格の施設で、管理者の施設長は医師であることが義務付けられている。けあ・ばんけいの定員は100人で認知症の利用者は2割程度だ。
 施設の1階は食堂と理容室、機能回復訓練室、通所リハビリテーション、特殊入浴、大浴場など。2階は認知症専門棟、3階は療養室(個室)と機能回復訓練室などがある。7月の夏祭り、9月の敬老会、12月の餅つき会など季節の行事にも力を入れている。
「入所サービス」は要介護1から5までの人を対象に医師や看護師、理学療法士、介護福祉士などの専門職が自立した生活を送ることができるよう支援を行なう。「短所入所サービス」は要支援1と2、要介護1から5までが対象で、家族の病気や仕事などで一時的に介護ができなくなった時などに利用することができる。
 この他、施設の送迎で自宅から通所する日帰りの在宅サービス「通所リハビリテーション」、施設から理学療法士や言語聴覚士が自宅を訪ねリハビリテーションを行なう「訪問リハビリテーション」にも取り組んでいる。リハビリにかかわる専門職の理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が充実しているのは言うまでもないが、中でも浅香医師が太鼓判を押すのが看護師たちの働き方だ。
「ここには看護師が9人在籍していますが、全員が優秀で熱心。最近も呼吸困難になった入所者の痰を素早く吸引し一命をとりとめたことがあり、私にとって新鮮な驚きでした。こうした対応は経験のない若い看護師ではできないと思います。さまざまな病気を持つ高齢者が入所しているので老健施設の施設長には内科だけでなく外科、整形、眼科、皮膚科などあらゆる領域の知識が求められるのだと実感しています」
 けあ・ばんけいの特徴については、次のように語る。
「老健施設は在宅復帰に向けた支援が主な役割ですが、身体的あるいは介護上の理由で自宅での生活が困難になった入所者もおられます。人生の終末期を自宅で過ごすのは多くの人の希望ですが、現実はなかなか難しい。だからこそ、ここでは家庭生活になるべく近い形で暮らしていただきたい。施設長になって分かりましたが、スタッフたち全員がご本人やご家族との話し合いを大事にしています」
 利用者の中には認知症で当事者能力のない人もおり、そのような場合は家族との話し合いを重ねる。終末期の利用者には延命治療は行なわない、人工呼吸器は付けない、胃ろう、気管切開は行なわないといった老健施設の条件を納得した上で入所してもらっているが、家族の中には「延命してほしい」「もっと治療してほしい」という声もある。
「そうした場合は、カレスグループの時計台記念病院(札幌市中央区)をはじめ他の療養型の病院などを紹介しています。こういうところは、けあ・ばんけいの強み。利用者の命をつなぐために毎日頭をフル回転させています」
 老健施設の在り方については、「もう少し医療行為ができるようになれば施設長を引き受ける医師が増えるのでないか」とし、利用者の現状に鑑みて医師が活動しやすい環境整備が必要だと考えている。
「着任してまだ3カ月程度なので覚えることがたくさんありますが、大学にいた頃よりずっと楽しい(笑)。もともと私は現場主義の人間です。けあ・ばんけいでは、さまざまなことを自分の目で確かめることができます。利用者思いのスタッフとともに施設のさらなる改善、充実を図っていきたい」
 我が国における消化器内科の分野で多大な貢献を果たし、辿り着いた新たな活動の場で浅香医師は笑顔を見せた。


社会医療法人 社団カレスサッポロ
介護老人保健施設 けあ・ばんけい

札幌市中央区盤渓232番地7
☎:011-615-9623
HP:http://www.carebankei.jp/

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