旭川・森山病院の石子智士眼科部長にこれからの「ロービジョンケア」を訊く
残されている眼の機能を生かし患者の生活の質を向上させたい

2024年08月号

患者に寄り添いながら視機能の維持改善を目指す石子医師

(いしこ・さとし)1962年旧上磯町(現北斗市)出身。函館ラ・サール高校を経て旭川医科大学医学部卒業、旭川医科大学大学院修了。ハーバード大学スケペンス眼研究所客員研究員、ハーバード大学眼科客員講師、旭川医科大学眼科准教授、旭川医科大学医工連携総研講座特任教授を経て2023年4月、森山病院眼科部長に就任。現在は旭川医科大学眼科客員教授として週に1度、大学病院でも外来を担当。医学博士、眼科専門医、日本眼科学会評議員、日本ロービジョン学会理事長、日本眼光学学会理事。62歳

Medical Report

昨年4月、社会医療法人 元生会(森山領理事長)が運営する森山病院(旭川市・232床)の眼科部長に着任したのが元旭川医大眼科准教授の石子智士医師だ。この石子医師は、加齢や疾患で眼の機能が低下した状態の患者を支援する「ロービジョンケア」のエキスパート。ロービジョンとは、眼鏡などで矯正してもなお見えにくく、生活に不自由を感じている状態を指す。この中で残されている眼の機能を生かす視覚補助具を使い日常の不便さを減らすのがロービジョンケアだ。石子医師は「眼疾患の予防とリハビリを行なうロービジョンケアは、これからの時代に求められる領域。病気だからと諦めず、少しでも生活の質を高めるため受診をお勧めしたい」と話している。

(6月19日取材 工藤年泰・武智敦子)

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身体と心に影響が大きい「アイフレイル」に御用心


「アイフレイル」という言葉をご存じだろうか。フレイルとは、心身の働きが弱り要介護になる一歩手前の状態。眼も同様で加齢で機能が低下し、白内障や緑内障、加齢黄斑性変性などの病気を発症しやすくなる状態のことをアイフレイルと呼ぶ。
 眼の衰えは早ければ40代から始まり、初期のうちは病気があっても気づきにくい。代表的な病気は白内障、緑内障、加齢黄斑変性など。白内障は眼の中でカメラのレンズに当たる水晶体が白く濁り、かすんで見えたり光をまぶしく感じる疾患。緑内障は眼圧の上昇などで眼と脳をつなぐ視神経に異常が生じ、視野が欠ける。加齢黄斑変性は網膜の中心部にある黄斑部に細かい血管が生じるなどして、物が歪んで見えたり部分的に見えなくなったりする。
 アイフレイルは身体の機能低下だけでなく、認知機能やうつなどにも影響することが報告されている。
「脳に入る情報の8割が眼からとされています。このため、白内障などで眼からの情報が低下すると軽度の認知症やうつなどが早くから起こりやすい。最近では白内障の手術で視力が良くなったことで、認知度の評価が少し改善したとの報告もあります」(石子医師、以下同)
 日本眼科学会などでつくる日本眼科啓発会議は、眼の病気の早期発見につなげるため次の10項目からなる「アイフレイルチェックリスト」を作成している。

◇眼が疲れやすくなった
◇夕方になると見えにくくなることがある
◇新聞や本を長時間見ることが少なくなった
◇食事の時にテーブルを汚すことがある
◇眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった
◇まぶしく感じやすい
◇まばたきしないとはっきり見えないことがある
◇まっすぐの線が波打って見えないことがある
◇段差や階段で危ないと感じたことがある
◇信号や道路標識を見落としたことがある


「40歳を過ぎると、眼の機能が低下したアイフレイルの状態になりやすい。ただアイフレイルがあっても歳だからと自分で変に納得してしまう人が結構多い。その中には病気が隠れていることもあるので、きちんと眼科で検診を受けることが大切です。日本人の失明理由の1位である緑内障は最初の頃は分からないし、自覚症状が出た時は神経がかなり障害されているので完治が難しくなります」

眼科用補助具のひとつである拡大読書器

まぶしさを低減させる遮光眼鏡は、自分にあったカラーを探す

拡大ルーペの使い方を指導

眼科用補助具のひとつである拡大読書器

まぶしさを低減させる遮光眼鏡は、自分にあったカラーを探す

拡大ルーペの使い方を指導

足りないロービションケアの専門職と福祉につなげる連携


 眼の疾患で眼鏡を使用しても視力が低い、視野が狭い、まぶしさを強く感じるなど「見えにくさ」で生活に不自由を感じている場合、「ロービジョンケア」の対象となる。通常の眼科医療では視機能の維持・向上を行なうのに対し、ロービジョンケアは、患者が保有している視機能を上手に生かすことを目的としている。
 石子医師によると「見えにくさにより、困っているかどうか」がケアの物差しだという。人によって病状や見え方はさまざまで、視力検査で裸眼が左右0・7以上あれば「正常」とされるが、0・8でもかすんで見づらいという人もいる。ケアに当たって医師は、患者それぞれの視力や視野、本などの文字を読むスピードを十分に把握した上で、病気が隠れていないかを診て、患者に必要な治療や視覚補助具などを提供する。
「患者さんが何に対して困っているのかをしっかり聞き出し、疾患があればまず治療する。そして治療してもそれ以上の眼の働きが見込めない場合は、ルーペなどの眼科用補助具などを勧めて日常の不便を減らす方策を探ります」
 以前、ロービジョンケアは機能の回復が見込めなくなってから行なうものとされていたが、現在は治療の状況にかかわらず本人が見えにくさを感じた時に取り組む流れになっている。例えば、まぶしさを訴えることの多い緑内障や網膜色素変性の患者は、明るさの低下を抑えながらまぶしさを低減させる遮光眼鏡を用いる。一方、視力が低下する加齢黄斑変性や糖尿病網膜症では近用眼鏡やルーペ、拡大読書器などの眼科用補助具を提供する。
「眼科医が眼の評価を実施し、まぶしさを低減させる特殊なレンズや拡大鏡などの補助具を医療として提供するには、国立障害者リハビリテーションセンターが実施する視覚障害者補装具適合判断医師研修会を受講しなければなりません。眼科医の仕事は補助具の選定だけでなく、残された視機能がどれだけあるかを適切に評価し、場合によっては障害者手帳の取得など福祉につなげることもあります」
 視機能の面から患者を支援するロービジョンケアは欧米で進んでいるが、日本では普及途上。2012年に保険収載されてから取り組む医師は増え始めたが、全体では少数派だ。
「欧米では、いろいろな業種のスタッフがチームを組み患者さんに対応しています。一方、日本では眼科医と視能訓練士(視機能検査や訓練を行なう国家資格)が分担しながら取り組んでいるのが現状です。患者さんが何に困っているかを把握する専門職が不足しており、眼を診ることはできてもロービジョンケアや福祉につなげるという連携が日本ではまだ弱いと言えます」


視機能での困り事を把握し患者に寄り添い解決に導く


 石子医師は旭川医科大学大学院を修了し博士号を取得後、アメリカ・ボストンのハーバード大学スケペンス眼研究所客員研究員をしていた頃にロービジョンケアに初めて触れた。
「現地でのエピソードですが、失明ではないが視力が0・1もない患者さんに私が研究していた視機能検査を行ない、それを元に視覚リハビリテーションに取り組んだところ、日常生活で他人の手を借りなければならなかった患者さんが文字を読み、書けるようになった。その方からのお礼の手紙がオフィスに貼られていたことが心に残っており、この経験が私の転機になりました」
 現在、石子医師がトップを務める日本ロービジョン学会が出来たのは2000年になってから。だが、2012年の保険収載までは、眼科の外来で特殊なレンズや拡大鏡などの補助具を勧めても、医療機関の収入にはならなかった。
「先述の医師研修会を終えた眼科医の常勤を条件に保険点数が取れるようになりました。ロービジョンケアは、残された機能をいかに上手く使い日常生活の向上につなげていくかというフィールドですが、診断・治療を前提とした眼科医療の世界では医師の関心があってもなかなか踏み込めず、専門知識を有する視能訓練士を備えている医療機関も多くない。
 保険収載後もケアにかかる時間に見合う病院収入とはならないこともあり、ロービジョン外来を標榜する眼科はまだまだ少ないのが現状です」
 現在、森山病院の眼科ではアイフレイルの可能性のある患者に、ロービジョンケアの説明をしたり、「トライしてみませんか」などと提案し、簡単なクイック・ロービジョンケアのみをしている段階だという。
「患者さんの中には身体障害者のレベルと思われる人もいます。障害と聞いただけで、そんなに悪いのかと絶望する人もいるので、その人の性格を見ながらプラスになる情報として、検査をしてみませんかなどと声をかけます」
 外来で病気が見つかったら治療を行なうが、同時にアイフレイルも併存しているケースもある。そのような時は、どのような指導をするのか。
 その一例が、涙が出ると受診したのに実はドライアイだったというケースだ。ドライアイは眼が乾く、眼がかすむ、まぶしいなどさまざまな症状があるが、この時は乾きから眼を守ろうとする反応の涙だった。
「眼はまぶたから油分が出て涙を蒸発させないようにしていますが、まぶたの縁で油分が詰まりドライアイになる場合もある。またアレルギーの人も炎症があるため油分が出にくい。アレルギーであればその治療を、ドライアイが軽度で眼の表面に傷がついていない人であれば、まばたきをするだけで眼の表面が潤う、とアドバイスします。あるいは眼がすごく悪い人は白い茶碗にご飯を盛ると見えずらいですが、黒の茶碗なら白いご飯がどれだけ入っているかがわ分かる。こういった患者さんへのちょっとしたサポートが大事。何に困っているかをしっかり聞き出し、不安を取り除くお手伝いをする。言葉ひとつで安心して帰る患者さんもいます。そういうことを含めた総合的な支援がロービジョンケアです」


 石子医師は道南の旧上磯町(現北斗市)出身。母の入院で祖父母の家に預けられた体験や子ども好きだったことから小児科医を目指し、旭川医科大学に進んだ。その後、眼科を選んだのは「研修で眼科にまわった時、専門性があると感じたから」とのこと。同大大学院で医学博士の学位取得後は、近視や糖尿病性網膜症、加齢黄斑変性のスペシャリストとして旭川医大で手腕を発揮した。
「目指す先生方が少ないとはいえ、眼疾患の予防と治療後のリハビリにもなるロービジョンケアは、これからの時代に求められる領域です。私は週に1度、出身の大学病院でロービジョンケアの外来を受け持っていますが、今後は森山病院でも同様の専門外来を立ち上げたい。予防医学に力を入れているこの病院で、時間をかけて患者さんに寄り添う医療をやらせてもらっていることに、本当に感謝しています」
 こう言い石子医師は笑顔を見せた。


社会医療法人元生会 森山病院

旭川市宮前2条1丁目1番6号
☎:0166-45-2020(代表)
HP:https://www.moriyama.or.jp/moriyama/

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