北海道整形外科記念病院の大浦久典医師に手術支援ロボット「Mako」の実力を訊く
ロボットのサポートで実現する正確で安全な「人工関節置換術」
手術支援ロボット導入の意義と効果を語る大浦副院長
(おおうら・ひさのり)1966年札幌市出身。川崎医大卒業後の1998年北海道大学医学部整形外科教室に入局。釧路労災病院・市立病院、新日鐵室蘭病院、函館中央病院など研修後、北海道大学医学部助教を経て2010年北海道整形外科記念病院科長として赴任。20年股関節センター長、23年副院長。日本整形外科学会認定整形外科専門医、日本体育協会スポーツ医、日本整形外科リハビリテーション医、日本人工関節学会認定医
Medical Report
国内有数の整形外科専門病院、医療法人 北海道整形外科記念病院(札幌市豊平区・199床、加藤貞利理事長・近藤 真院長)が昨年9月、アメリカで開発された手術支援ロボット「Mako」(メイコー)を導入し、人工股関節置換術や人工膝関節置換術に力を発揮している。ロボットアームが医師の執刀をサポートすることで、より正確で安全な手術を行なうことが可能なMako。その実力と可能性を副院長で股関節センター長の大浦久典医師(58)に訊いた。
(2月26日取材 工藤年泰・武智敦子)
Makoによる人工股関節置換術に臨む大浦副院長(中央)
軟骨が擦り減り骨同士がぶつかる変形性股関節症
股関節は、受け皿になる骨盤側の「寛骨臼(かんこつきゅう)」に太もも側の「大腿骨頭(だいたいこっとう)」という球状の骨がはまり込むようにできており、この間には軟骨があり体重を支えている。しかし、加齢や肥満などで股関節に負担が増すと軟骨がすり減り、しだいに骨が露出して互いにぶつかるようになる。その結果、関節の動きに制限をきたし、痛みを感じるようになるのが「変形性股関節症」だ。
北海道整形外科記念病院の大浦久典医師(股関節センター長)によると、歩行時には股関節や膝、足関節には体重の3~4倍の負荷がかかる。体重が60キロの人なら片足にかかる負荷は180キロ以上になる計算で、体重を落としただけで症状が軽くなる人も多いという。
一方でこの病気は、遺伝性の素因、骨折など外傷の後遺症や最近では骨粗鬆症に関連した脆弱性骨折などで発症することもある。70歳前後の女性に多いが、中には関節リウマチや難病の特発性大腿骨頭壊死などで20~30代の若い人が発症するケースもある。初期のうちは立ち上がりや歩き始めに痛みを感じるが、休むと痛みは取れる。進行すると普通に歩いた時や階段の上り下り時にも痛みが出現し、末期になると変形が進み左右の脚の長さに差が出て、安静時にも痛みがひどくなることがある。
「関節軟骨は水分が7~8割で細胞が少ないので再生しづらい組織です。変形が進み最終的には荷重部の軟骨が消失し、その下にある骨が露出してしまいます」(大浦医師、以下同)
治療は初期から進行期の場合、内服やリハビリで経過観察するが、末期になると保存療法では疼痛のコントロールが難しく、傷んだ股関節全体を人工物(インプラント)に置き換える「人工股関節全置換術」が選択肢となる。
手術の概要を説明すると、まず骨盤の傷んだ寛骨臼(臼蓋部)の表面の骨を削り金属のカップを骨に固定し、その内側にポリエチレン製の人工軟骨はめ込む。次に傷んだ大腿骨頭を切除し大腿骨にステム(棒状の金属)を差し込み骨セメントで固定。そしてその上端に金属やセラミック製の骨頭を設置する。これにより人工の骨頭とポリエチレンによる関節が出来上がる。
関節の中で人工の素材が滑らかに動く構造のため、痛みは全くなくなるが、インプラントの設置の精度が悪いと脱臼や人工物の摩耗などが早期から起こりやすくなる。正直、設置の精度の面では医師の経験に負うところが多かった。
近年、この精度で進歩を後押ししたのがナビゲーションシステムだ。ナビゲーション手術では、術前に得られた詳細なCT画像データからコンピュータを用いて股関節形態を3次元で再構成。どういう角度で骨を削り、どういう角度で受け皿を挿入するかなどを検討する。この治療計画をもとにリアルタイムで患者の関節とナビゲーションシステムの画面を確認しながら全置換術を行なう。
この治療計画に基づいてリアルタイムに、さらに正確にインプラントを設置するため医師の執刀をサポートするのが、ロボティックアーム「Mako(メイコー)」ということになる。
Makoはアメリカのストライカー社が開発した整形外科分野の手術支援ロボット。日本では2019年にこの機器を用いた股関節と膝関節の人工関節全置換術が保険収載され、北海道整形外科記念病院は昨年9月にMakoを導入。以後、患者の要望を確認したうえで治療に利用している。
変形性股関節症の進行状態(病期)
(大浦医師提供)
人工股関節置換術後に脱臼した事例。Makoではこのようなリスクを低減できる(同)
人工股関節に使用されるパーツ
手術支援ロボットのMako(システム全体)
Makoによる人工股関節置換術に臨む大浦副院長(中央)
変形性股関節症の進行状態(病期)
(大浦医師提供)
人工股関節置換術後に脱臼した事例。Makoではこのようなリスクを低減できる(同)
人工股関節に使用されるパーツ
手術支援ロボットのMako(システム全体)
ロボット支援手術は患者の選択肢の1つ
Makoによる支援手術では、先述のようにCTで得られたデータをコンピュータで処理し、股関節形態を3Dで可視化する。そのデータに基づき人工股関節のサイズや設置する位置、傷んだ骨を切除する部分などを計画としてまとめMakoにインプットする。術者はそれに基づいてロボットアームを操作することで、適切な角度と位置、深さに人工股関節を設置することができる。
「従来の人工股関節手術では、稀ですが精度の悪さゆえに術後に脱臼を起こすことがありました。しかし、Makoは治療計画から外れた場合、動作が止まる仕組み。術者の骨を削る角度のずれや削り過ぎを防ぐことができます。このため術者による誤差を減らし、より正確な手術を行なうことが可能になりました。
患者さんにとっても低侵襲で疼痛が少ないためリハビリの立ち上がりが早い印象もある。手術中に術者が気づかない所もフォローしてくれるので、医師の負担が軽減されるなどのメリットがあります」
このMakoにデメリットがないわけではない。骨折治療後や人工関節再置換症例で臼蓋に金属が入っている人は、CTで正確なプランニングが不可能なため使用できない。また画像データと患部をマッチングさせるためのアンテナの設置が不可欠で、そのための小さな傷が3カ所ほど必要になる。また事前の作業時間が10~15分かかるので手術時間もやや延びると言われる。
「しかし、術者が迷わずスムーズにできるので手術時間についてはMakoを使わない場合と同程度という感触です。トータルで見ればデメリットよりメリットの方が大きいと言えると思います。まずはご家族と一緒にご自身の病態をよく理解し、保存加療でいくか手術治療するか、よく相談していただくことが大事。そのうえで手術を選択した場合はロボットを使うのも選択肢のひとつということをご理解いただければ」
同病院の股関節センターではMakoを使った股関節の手術をこれまでに約20件手掛け、膝関節の部門でも同様に多くの人工関節置換術を行なっている。
「コロナ禍前ですが、Makoによる手術を行なう資格を満たすため、アメリカのストライカー社に行き研修を受けました。最初は半信半疑でしたが、使っていくうちにロボット支援手術の良さを感じるようになりました。骨を削る角度を調整し、削った場所に人工股関節を打ち込む難しい作業をロボットがアシストしてくれるので、術者としてのストレスも減りました」
フィット感と術後の予後に貢献する手術支援ロボット
1978年に開院した北海道整形外科記念病院は、国内トップレベルの整形外科病院として知られる。膝関節症治療の権威として知られる故・松野誠夫北大名誉教授が大学に勤務していた頃から設立に奔走し、退官後の95年から2014年に亡くなるまで理事長を務めた。
同病院には北海道はもとより、全国から月平均で6500人以上の患者が訪れている。診療範囲は「上肢」(肩周辺から手指)、「下肢」(太ももから足指)、「脊柱」(首から腰)、「股関節」(足の付け根)の4分野の他に「リウマチ」「スポーツ外来」「骨粗しょう症」に細分化。それぞれ各分野の専門医4~5人が連携しながら医療に当たっている。
2018年4月には、JRタワーオフィスプラザの8階に「JRタワークリニック」を開院し、都心部の診療拠点も設けた。ここで外来診療を行ない、必要に応じて本院での詳しい検査やリハビリ、あるいは手術につなげる。逆に本院で治療した患者さんを同クリニックで経過観察するという双方向の体制を構築。クリニックで撮影したCTやMRI、レントゲンの画像を本院に転送し、互いにリアルタイムに画像を観察できるなど包括的で一貫性のある医療を提供する病診連携も万全だ。
股関節センターを率いる大浦医師は札幌市出身。2010年に同病院に着任し20年から股関節センター長を務めている。その大浦副院長が医師を志したのは形成外科医だった父の姿を見てきたからだという。
「外科系か循環器で迷いましたが、学生時代に鎖骨を折り病院のお世話になったことや、スポーツやケガの治療に興味があったので整形外科医を選びました」と振り返る。
丁寧な説明と各専門分野の医師の連携は、同病院の真骨頂と言える。そして人工関節置換術は何より人工関節がその人にフィットすることが大事となる。その点、やはり正確さではロボットにはかなわない。
進化を続ける、北海道整形外科記念病院の人工関節治療の今後に注目していきたい。
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