移転新築を控えた時計台記念病院の消化器内科部長・田沼徳真医師に訊く
AIを備えた最新の内視鏡でがんを早期発見、徹底治療
内視鏡治療の可能性を広げたいと意欲を見せる田沼医師
(たぬま・とくま)1977年岩手県盛岡市出身。2001年札幌医科大学卒業。市立室蘭病院、市立芦別病院、恵佑会札幌病院、佐久総合病院、手稲渓仁会病院消化器病センター部長、内視鏡検査室長、札幌中央病院消化器内科副院長・内視鏡センター長を経て24年1月から時計台記念病院消化器内科部長。医学博士、日本内科学会総合内科専門医。47歳
Medical Report
社会医療法人カレスサッポロ(大城辰美理事長)が運営する札幌市中央区の時計台記念病院(藤井美穂院長・225床)。同病院の消化器内科部長に今年1月、内視鏡治療のエキスパートである田沼徳真医師(47)が就き、カレスサッポロが来年4月、JR札幌駅北側に開院する新病院「カレス記念病院」の消化器内科部門を統括する予定になっている。専門の消化器分野だけでなく、さまざまな内科領域で幅広く臨床経験を積んできた田沼医師に、進化著しい内視鏡治療の可能性や今後の意気込みを訊いた。
(2月19日取材 工藤年泰・武智敦子)
がん病変部を見逃さない「AI搭載」の新型内視鏡
「我が国において増加傾向の逆流性食道炎、潰瘍性大腸炎をはじめ消化器の疾患はさまざまですが、当病院の消化器内科では消化管がんの早期発見と早期治療を目標に掲げ、内視鏡検査・治療に力を入れています」
こう話すのは、時計台記念病院消化器内科部長の田沼徳真医師(47)だ。内視鏡治療の進化は著しく、2016年以降は胃がんの内視鏡治療が外科手術を上回っている。ただ胃がんについては、衛生環境が良くなり若い世代のピロリ菌保有者が減少したことやピロリ菌除菌治療の保険収載(2013年)などもあって減少傾向にあるという。一方で増加しているのが大腸がんで、原因として食生活の欧米化などが指摘されている。
「消化器系のがんは進行すると外科手術でなければ切除が難しくなります。しかし、早期に発見されれば進化した内視鏡治療で根治が可能です」(田沼医師、以下同)
同病院の消化器内科では内視鏡の検査・治療を実施する内視鏡室が2室、X線透視下で内視鏡の検査・治療が可能な内視鏡室が1室ある。ここに導入されているのが、がんの早期発見・早期治療に大きな力を発揮する人工知能(AI)搭載の新型内視鏡だ。
自覚症状の乏しい早期がんは、内視鏡検査でも見落とされることがあるが、AI搭載の機器を使えば見落としリスクを低減することができる。さらに光デジタル技術の狭帯域光観察(NBI)とズーム機能を組み合わせたNBI拡大観察を駆使。病変の組織型を類推したり、病変の広がりを数ミリ単位で診断するなど精度の高い診断を可能にしている。
「現在のAIは病変の発見をサポートするものが主流です。発見された病変が良性か悪性か、悪性であれば進行度はどうか、細かく診断して治療方針を決めていくのが私たち専門医の役割です」
従来、早期がんの治療としては疾患部分を金属の輪で縛り切除する「内視鏡的粘膜切除術(EMR)」が行なわれてきた。しかし、EMRは金属の輪の大きさに限界があり切除できるサイズに制約があった。この弱点を克服し、任意の範囲で切除できるのが「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」という内視鏡治療だ。
大きながん病巣を粘膜下層から切除するESDの実力
ESDについて詳しく説明しよう。胃や食道、大腸の壁は粘膜層、粘膜下層、筋層、漿膜(外膜)の4つの層から成っており、がんは最も内側の層である粘膜層に発生する。ESDは内視鏡の先から電気メスを出し、消化管の内腔から粘膜層を含めた粘膜下層までを一括して切除する手技だ。がんは1回で確実に取り除かなければ再発の危険性があるため、病変を取り残しなく切除可能なESDは最適な治療法と言える。すでに食道、胃、十二指腸、大腸がんの治療に保険が適用されているが、内視鏡を繊細にコントロールする高度な技術が求められる手技であるため、限られた施設でしか行なわれていないのが現状だ。
ガイドラインでは内視鏡治療と外科手術の線引きがされ、胃、大腸、食道の腫瘍はリンパ節転移の可能性が低い粘膜内がんが内視鏡切除の適応とされている。ただし、消化管は切除した後にも食事が摂れる状態を維持しなければならない。食道に関しては、ESD後の再生過程で狭窄が生じて食べ物が通らなくなる恐れがあるため、5センチを超える全周性の食道がんについては、たとえ根が浅くとも内視鏡治療ではなく手術が推奨される。一般に粘膜下層より深い部分へがんが浸潤した場合にはリンパ節転移の危険性が生じるため外科手術が検討されるが、臓器によってリンパ節転移の危険性が変わるため、治療の適応も異なる。また、臓器によって手術に伴う身体への負担が異なることにも留意が必要だ。
特に食道は胸の中にある臓器で周囲は肺や心臓、大動脈、リンパ節などに囲まれているため、消化器系のがんの中でも手術が難しい臓器とされている。食道を切除した後は、胃を吊り上げるなどして食道の再建を行なわなければならず負担も大きい。また、胃全摘術後も満足に食事が摂れなくなってげっそりと痩せてしまう患者が多くいる。
田沼医師は、こうした事実を踏まえてガイドラインの指標に必ずしも当てはまらないケースに言及する。
「高齢者や重篤な併存疾患がある場合は、体への負担を考えるとガイドラインの指標が必ずしも正解といえないケースがあります。例えば、高齢者が手術後に満足な食事を摂れなくなった場合、体力や免疫が落ち肺炎などを起こして命を失う恐れもあります。ひとつの臓器だけではなく身体全体のバランスを考えた時には、ガイドラインにこだわらず内視鏡治療を選択する場合があっていい」
田沼医師によると、高齢者の内視鏡治療適応については現在、臨床試験が行なわれている。その結果によっては、高齢者や併存疾患のあるケースではリンパ節転移の可能性はある程度許容され、内視鏡治療の適応はさらに広がりを見せるだろう。
「内視鏡治療の最大のメリットは臓器をそのまま残せる点です。今では胃がんの内視鏡治療が外科の手術件数を抜いているわけですが、高齢化社会の進展に伴い内視鏡治療は今後ますますニーズが高まり、ESDによる治療件数は増えてくると思います」と田沼医師は力を込める。
通常の観察法ではいずれも同じような発赤病変に見える | |
上の病変部をNBI 拡大観察すると左側ががん、右側はがんではないことが分かった | |
ある程度広いがんでもESDで切除 | AIが大腸ポリープの発見をサポート |
幅広く内科領域で学んだ知識と経験を診療に還元
カレスサッポロが運営する時計台記念病院は消化器内科をはじめ循環器内科、脳神経外科、婦人科など17科を標榜。同病院の消化器内科部長としてこの領域を率いる田沼医師はとりわけ消化管の専門医として内視鏡による検査と治療を行なっている。
田沼医師は岩手県盛岡市出身。札幌医科大学卒業後、恵佑会札幌病院、佐久総合病院、手稲渓仁会病院、札幌中央病院を経て今年1月に同院に着任した。研修医の頃から消化器全般の他に血液内科、膠原病内科など幅広い内科領域の分野で研鑽を積んできた経歴を持つ。
「医師を目指したのは高校時代。人の役に立てる職業に就きたいとの思いからでした。町医者に漠然とした憧れがあり、医者になってからは総合診療医のように幅広く病気を診る医師を目指し、地方の病院では呼吸器や脳内出血も診てきました。そうした中で、がんが進行した状態で見つかって亡くなる人や手術後の後遺症に悩む患者と出会い、消化管分野の専門医になろうとの思いが芽生えてきました。今、内視鏡の診断治療を行なっているのは消化器内科の中で唯一、がんを根治することができる分野だからですが、かつての経験や知識が現在の取り組みに還元されていると思います」と振り返る。「たとえば貧血の原因精査で内視鏡検査をする患者もいますが、異常が見つからない方もいます。そうした場合に、かつて総合的に内科疾患を診療した経験が活かされ、さまざまな可能性を考えて精査を進めたり、血液内科などに紹介したりすることができます」
若い世代の小さながんを見つけて切除に成功した時は、“未来が変わったね!”と喜びを分かち合うこともあるという田沼医師。時計台記念病院との縁については、「4年ほど前、消化器内科医のいなかった病院側から私の所属していた札幌医科大学消化器内科医学講座に医師派遣の要請があり、まず後輩の三橋慧医師(現・消化器内科医長)が派遣されることになりました。そして今回、新病院開院を見据えて私が赴任することになりました」とのことだ。
現在、時計台記念病院の消化器内科は田沼医師と三橋医長の2人の専門医が常勤し、札医大から肝臓や膵臓に詳しい専門医が定期的に来て外来を行なっている。
カレスサッポロでは運営する「北光記念病院」と「時計台記念病院」を統合し、来年4月に「カレス記念病院」(東区北6条東3丁目)としてオープンする。田沼医師は新病院の消化器内科の統括を担う予定で、次のように意気込みを語る。
「2人に1人はがんになるというこの時代に大腸がん、胃がんは罹患数の上位を占めています。いずれも早期発見することで根治が可能になるので、新病院では更なる体制の整備と実現に取り組みたい。内視鏡室が4室に倍増され、透視ができる内視鏡室も1室設けます」
先述のESDは更なる進化の兆しを見せており、内視鏡的に消化管の全層切除や縫縮を行なう臨床試験が実施されている。このような場合は全身麻酔をかける必要が生じるが、新病院では外科の手術室に頼らず広い内視鏡室で全身麻酔をかけることも可能になる見込みだ。
「そして早期発見のためにはまず検診を受けてもらわなくてはなりません。苦痛が少ない鎮静剤の使用やリラックスできる雰囲気はもちろんですが、『こんな内視鏡室があるんだ!』と思ってもらえるエンターテイメントの要素を組み込んだ演出をしたい。検診が楽しいものになれば自然と受ける方も増えてくると思います」
具体的には「光と音」にポイントを置きながら、壁に映像を映し出したり音楽を流すなど、あえて病院らしくない雰囲気を演出することを計画しているという。
「海外で内視鏡検査を受けるのは費用的にも大変です。その点、日本はハードルが低く受けやすい環境が整っています。先述のように胃がんや大腸がんなど消化器系のがんは内視鏡で見つけることができるので、ひとりでも多くの方に検診を受けてもらいたい。女性の検診については女性内視鏡医の確保も考えており、新病院では新しい時代に相応しい内視鏡検査・治療を行なっていきたい」
進化を続けるカレスサッポロの消化器内科の今後に期待したい。
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