Interview
北海道がんセンター名誉院長 西尾正道医師に訊く「がんと放射線」(前篇)
似非科学と強欲資本主義で隠蔽された内部被曝の真実

2023年12月号

トリチウムの危険性に警鐘を鳴らす西尾医師

(にしお・まさみち)1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現・北海道がんセンター)放射線科に勤務。2008年同センター院長、13年から名誉院長。日本医学放射線学会放射線治療専門医、日本放射線腫瘍学会名誉会員、日本頭頚部癌学会名誉会員、日本食道学会特別会員。「市民のためのがん治療の会」顧問。いわき放射能市民測定室たらちね顧問。著書に『がん医療と放射線治療』(エム・イー振興協会)、『がんの放射線治療』(日本評論社)、『放射線治療医の本音-がん患者2万人と向き合って』(NHK出版)、『被ばく列島』(小出裕章氏との共著、KADOKAWA)、『患者よ、がんと賢く闘え―放射線の光と闇』(旬報社)、『被曝 インフォデミック』(寿郎社)など。医学領域の専門学術書、論文多数

いまトリチウムの危険性の直視を

日本では1950年代から小児白血病や乳がん、すい臓がんなどが増えている。この事実には、核保有国が大気中で行なった核実験で飛散した放射性微粒子を体内に取り込んだことによる内部被曝が関係していると、北海道がんセンター名誉院長の西尾正道医師は指摘する。おりしも福島第一原発でたまり続ける放射性物質トリチウムなどを含む処理水の海洋放出が8月から始まり、漁業や健康への被害の懸念も出ている。そもそもトリチウムとはどんな物質でどのような危険を孕んでいるのか。内部被曝を利用したがんの放射線治療に携わってきた西尾医師に訊いた。

(武智敦子)

|内部被曝の影響から世界で増え続けてきた「がん患者」|


 ──なぜ、国内外でがんが増え続けているのでしょうか。
 西尾
 戦後の1950年代から白血病の子どもが増え、20年間で10倍以上になりました。全ての臓器の中で放射能への感受性が一番高いリンパ球が、がん化したためであり、子どもの白血病のうち98%がリンパ球性の白血病です。大気中の核実験で飛散した放射性微粒子が海に落ち、それが最終的に人間の体に入る。白血病が増えているのは、放射性微粒子を体内に取り込んだ内部被曝によるものです。
 1950年代に放射線による健康被害を最初に報告をしたのはイギリスの医師、アリス・スチュアート(1906~2002年)でした。彼女は、妊娠中のレントゲンで胎内被曝した子どもが白血病になることを突き止め、後にアメリカの議会で証言した。このためアメリカでは大気中での核実験が中止され、地下実験に変わりました。
 日本では、福島第一原発の事故後に気象庁が出したデータで大気中に放射性物質のセシウムとストロンチウムが測定されています。また、大気中での核実験が行なわれていた時代には子どもの乳歯にストロンチウムが蓄積していることがワシントン大学から報告されています。長崎に落とされたプルトニウム爆弾で被爆した人の検体からは、60年を経てもアルファ線が出ています。これほど、内部被曝の影響は大きいのです。
 ──内部被曝が影響していると考えられるがんは他にどのようなものがありますか。
 西尾
 戦後は膵臓がんも増えています。ストロンチウムは2回ベータ線を放出し、1回目の放出でイットリウム90に変化します。イットリウム90は膵臓に親和性があり、長く留まるためインシュリンの分泌が低下し、糖尿病が増え膵臓がんにもなります。
 ──長い時間をかけてジワジワと影響が出てくるのが内部被曝だと。
 西尾
 内部被曝を告発したのは肥田舜太郎(1917~2017年)氏でした。軍医として広島に赴任中に原爆により被爆されましたが、その直後から被爆者の救援と治療に当たった人物でした。
 広島で被爆したある軍人の奥さんは、出産後に広島市に入り、ご主人を探しまわり残留放射線と内部被曝で3カ月後に亡くなりました。女性は岡山の実家で出産したため被爆を免れたが、広島で働く夫を探したため自分が原爆症にかかり死亡したのです。このエピソードから、肥田氏は、原爆により放射性微粒子が地面に落ち空気中に飛散した粉塵を女性が吸い込み内部被曝を起こしたことに気づいたのです。
 原発事故で汚染された福島の一部は本来ならば人が住んではいけない土地です。中国も核実験を行なっている地域は立ち入り禁止にしており、その面積は四国とほぼ同じ。放射線は目に見えず、その影響が出てくるのは何十年も後のことなのです。
 ──福島の原発事故から13年経ちますが、放射性物質による健康被害は軽視されているように感じます。
 西尾
 福島第一原発事故では、まず1号機が水素爆発を起こしましたが、3号機は核爆発(※東京電力の公式見解は水素爆発)でしたので放射性微粒子が吹き飛びました。このため、福島の車のフィルターは放射性微粒子が付着してみな真っ黒になり、子どもたちのTシャツは何度洗っても放射性物質が出てきた。放射性微粒子は糸の中に入り込んでしまうからです。南相馬の理髪店が切った髪をアメリカに送って調べてもらうと、放射性微粒子が検出されています。かつて広島に降った「黒い雨」は、原爆投下直後に火事が起き埃や塵と放射性微粒子が一緒になって黒く汚れた雨として降ってきたものです。
 ──西尾先生が、がんなどの疾患を「生活習慣病」ではなく「生活環境病」とする理由は。
 西尾
 日本の国民皆保険制度は、1950年代に東京経済大学の大内兵衛氏(1888~1980年)が労働力の確保を目的に国民皆保険制度と国民皆年金制度を提言したことが端緒。しかし医療費の増大により、国は高血圧や糖尿病、がんなどの「成人病」を「生活習慣病」に名称を改めた。あなたの生活習慣が悪いのだから医療費を自分で払ってくださいということです。
 しかし、こうした病気は生活習慣病ではなく「生活環境病」です。私が医者になった頃、乳がん患者は全国に1万5千人しかいなかった。それが今は9万5千人と数倍に増えている。アメリカでは女性ホルモン入りの餌を与えて牛を飼育し、生産性を高めている。日本ではアメリカ産牛肉の消費量が5倍に増えてから乳がんも5倍以上になりました。
 他にもホルモンが関係しているものとしては、卵巣がんが5倍、男性では前立腺がんも増えています。子宮がんもそうです。50年前は子宮頸がん(扁平上皮がん)が9割、子宮体がん(腺がん)が1割でしたが、北海道がんセンター婦人科の2000年の資料では、子宮頸がんが4割、子宮体がんが6割となっており、食生活の変化で発生するがん種が異なってきています。
 ──やはり生活環境の変化が関係していると。
 西尾
 そうです。昔多かった上顎がんが今はほとんどありません。私たちが子どもの頃、青っ鼻をたらしていたのは慢性副鼻腔炎(蓄膿症)が多かったから。副鼻腔炎で炎症が長く続くと上顎がんの原因になりますが、手術をしても腫瘍は取り切れない。そのため昔は術後に必ず放射線をかける必要があり、年間30症例ほど治療していました。それが、今は1年にひとりいるかいないかです。


|長い時間をかけて発現するトリチウムの健康被害とは|


 ──福島第一原発事故をめぐっては、今年の夏から放射性物質トリチウムなどを含む処理水の海洋放出が始まりました。地元の反対はもとより、自国では日本の数倍のトリチウムを放出しているという中国が日本産の海産物の輸入を全面禁止するなど政治問題に発展しています。
 西尾
 トリチウムは三重水素と呼ばれる水素の仲間です。これは自然界にもあり、濃縮されて人間の体の中に入ってきて、その濃度は原発に近いほど高い。青森県六ケ所村の再処理工場が動き出したら、大きな原発が1年間稼働して出すトリチウムを1日で放出します。日本はトリチウムの人体への影響をちゃんと研究すべきなのに、やっていません。
 ──トリチウムによる健康被害のメカニズムは。
 西尾
 トリチウムはベータ線を出しヘリウムに変わりますが、体内に入ると水素としての動態を取り長く留まります。水なら10日で代謝できますが、組織結合型トリチウムとして取り込まれ、トリチウムは人体のたんぱく質や糖、脂肪組織などの化学構造式の中に水素として入ります。ベータ線を出してヘリウムに変わると塩基の化学構造式を変え健康被害を起こします。トリチウムは代謝の遅い脂肪組織での残留時間が長いため、脂肪の多い乳房で乳がんを引き起こします。
 ──先ほど言われたホルモンの問題と併せてですか。
 西尾
 そうです。アメリカでは原子炉の設置場所と乳がんの増え方が見事に一致しています。カナダの重水を用いる原子炉では稼働後に周辺住人の健康被害が多発しました。調査した結果、トリチウムが原因と考えられたため、オンタリオ州の飲料水基準は20ベクレル/リットルとされています。
 1980~90年代に苫小牧市の工業団地で核融合の実験施設の設立が論議されましたが、核融合はトリチウムを大量に排出するため危険です。当時、経産省は研究班をつくりました。その結果、トリチウムで被曝したラットの子孫は卵巣に腫瘍ができる確率が5倍に増加することや、染色体異常を起こすことなどさまざまな障害が出ることが報告されています。このため、ノーベル物理学賞の小柴昌俊氏(1926~2020年)は2003年にトリチウムを大量に出す核融合の危険性を訴え、中止してほしいという嘆願書を当時の小泉純一郎首相に提出した。このため核融合炉の話はなくなりました。
 道内では泊村で原発が稼働してから10年後に、同村のがん死亡率が道内179市町村でトップになりました。これを私は、泊原発は加水型の原子炉でトリチウムの排出量が多いからと考えています。
 ──それなのに、トリチウムが人体に与える研究を行なわないのはなぜですか。
 西尾
 内部被曝は1943年から軍事秘密にされていました。深刻な問題なので語ってはいけないし報じられることもなかった。国は研究費を与えないようにしているので、手を出す研究者がいないのが現実です。
 ──トリチウムの海洋放出に反対し警鐘を鳴らしておられる。
 西尾
 国はトリチウムについて自然界にも存在するし、全国の原発でも被害は報告されていない、しかもエネルギーが低いので人体への影響はないと安全性を強調していますが、晩発性の健康被害を起こすことは明らかです。ヒトの細胞の核の中にあるDNAはリン酸と塩基で構成される核酸で、アデニンやシトシンなど4つの塩基が結合し二重螺旋でつながっています。この二重螺旋をつないでいるのが水素結合力です。だから、トリチウムが体内の有機物と結合しヘリウムに変わると水素結合力がなくなり、二重螺旋構造が脆弱になります。さらに、アデニンなどの塩基にトリチウムが結合すると化学構造式も変わります。
 このように非常に深刻な問題が起きてくるのに、一般には報じられていません。原子力を推進する立場のICRP(国際放射線防護委員会)は民間のNPO法人ですが、実証性のない似非科学で内部被曝を軽視した内容を教科書としていますので、医師や放射線技師、物理学者は騙されている。福島第一原発の事故後、嘘で書かれたICRPの本を読んで被曝の影響を勉強した報道関係者も同様。要は真実が国民に伝わっていないのです。
 ──トリチウムの排出基準は。
 西尾
 日本のトリチウムの排出基準については、最初に稼働した福島第一原発が年間20兆ベクレルのトリチウムを排出していたため、国は排出基準を1割増しの22兆ベクレルにしました。排水の規制値はそれをリットル換算し6万ベクレル/リットルとしただけで科学的根拠は全くありません。世界のトリチウム濃度の基準値と比べ、日本の数値は非常に高く、先ほどのカナダのように飲料水の基準もないのです。私は、トリチウムによる遺伝子レベルの変異が進むと、将来的には人間が人間でなくなり、別の動物になるのでないかと本気で危惧しています。


|発達障害や認知症にも関係か 複合汚染の実験台になる人類|


 ──トリチウムによる内部被曝の影響は、がん発症以外にどのようなものが考えられますか。
 西尾
 脳科学者の黒田洋一郎氏はネオニコチノイド系の農薬で発達障害が急増していると提唱しています。研究の締めくくりで2014年に出した『発達障害の原因と発症メカニズム』がありますが、黒田氏は私の講演を聞いてから「発達障害にはトリチウムも絡んでいるかもしれない」と気づき、20年の改訂版で「トリチウムの脳への影響」を追加記載しています。
 組織結合型トリチウムは脂肪組織の多い乳房、そして脳に長く留まるので影響が強く出るのでしょう。
 発達障害だけでなく認知症も関係があるのかもしれません。昔から高齢になりボケる人はいたが、50代や60代で若年性認知症になる人はほとんどいなかった。なぜ、生活環境病でこのような病気が起きてくるということを考えなくてはならないと思います。
 ──発達障害はトリチウムも関係しているかもしれないと。
 西尾
 ネオニコチノイド系の農薬はニコチンと似た化学構造式なので、子どもたちの未熟な脳の神経伝達物質の所で悪さをします。それなのに、日本は世界一農薬の規制値がでたらめです。さらに、遺伝子組み換え食品の問題もあります。遺伝子組み換えのトウモロコシで寿命が2年のラットを飼育すると、11カ月目に発がんしています。人間で言えば35歳から40歳。遺伝子組み換え食品はこのような毒性があります。日本は4月から遺伝子組み換え食品の表示制度が変わり「遺伝子組み換えでない」の表示義務が厳しくなっていますが、それにより何も表示しない企業が増えています。
 1970年代、60歳以上の死因のトップはがんでしたが、今は40歳以上の死因のトップががんです。さらに、15歳から39歳までのAYA世代のがんも増えている。日本と違いヨーロッパでは遺伝子組み換え食品は禁止されているので、まだ見識があります。
 80年代に放射線科の教授が、放射線だけでも発がんするし農薬などの化学物質だけでも発がんする。一緒に与えると相乗的に発がんする──とした動物実験のデータを国際的な雑誌に掲載しています。
 ──人間はこうした複合汚染の実験台になっているようなもの。
 西尾
 原発は電力を得るため核分裂させますが、電気として利用できるのは発生エネルギーの2割に過ぎず8割は温排水として海に捨てています。亡くなった斉藤武一さんが泊原発の海水温の測定を続け稼働から0・9度上昇したと結論づけていますが、世界中で温排水を海に捨てているので、海水温が上昇し気候変動の要因になっています。
 ほとんどのまちはコンクリートやアスファルトで埋め尽くされているので熱を吸収せず、ヒートアイランド現象が起こります。世界の人口は現在の推計で80億人とされ、200年前の4倍なので、当然人間の使うエネルギーも増えている。
 地球は太陽の周りを正円の軌道で回っているわけではなく、多少楕円形になっている。だから10万年に1度くらい楕円形が延びて太陽から離れると氷河期が来ていたのです。太陽の黒点の活動によって宇宙線の量も変わり、宇宙線の量が多くなると雲ができやすくなり温暖化の一因にもなる。地球温暖化論議の中では、そういう宇宙のメカニズムについては全く議論されていません。科学も強欲資本主義の世界で歪められているのです。
 
 (次号に続く)

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