ミライシアHDの神山武士社長が釧路の精神科医療に救いの手
清水桜が丘病院の危機を受け医師を確保し外来診療を再開
個人の立場で清水桜が丘病院の再建に携わっている神山氏
(かみやま・たけし)1981年小樽市出身。2001年立命館慶祥高校卒業。06年北海道薬科大学(現北海道科学大学)卒業後、薬剤師として札幌禎心会病院に勤務。08年クローバー薬局を運営するメディカルファイブに入社、10年社長就任。19年ミライシアホールディングを創業し道内外で調剤薬局や保育事業を展開。今年7月28日付けで釧路市内の医療法人清水桜が丘病院理事に就任。42歳
地方で急がれる精神科医療の立て直し
病棟閉鎖や医局の医師引き上げなどで釧路管内の精神科医療が急速に縮小する中、今年5月には管内最大162床を有する精神科病院、医療法人清水桜が丘病院の清水輝彦院長(当時)が病で倒れ、外来診療の停止に追い込まれた。こうした危機を打開しようと動いたのが、調剤薬局などを展開するミライシアホールディング(本社札幌)の神山武士社長(42)だ。同病院のSOSを受け神山氏は7月28日付で医療法人理事に就任。経営にも関わりながら8月末には新たな医師を確保し、外来の再開に漕ぎ着けた。精神疾患を抱えながら生きていくには医療機関のケアと地域の支え合いが欠かせない。救いの手を差し伸べた神山氏に今回の取り組みの真意と目的を訊いた。
(9月14日取材 工藤年泰・武智敦子)
|管内の精神科医療が萎む中で最大の単科病院が危機に直面|
清水惠子理事長・院長(左)と神山氏に招聘された一瀬裕太郎医師
清水惠子理事長・院長(左)と神山氏に招聘された一瀬裕太郎医師
|SOSを受けた神山氏が経営に参画し医師を招聘|
病院存立を脅かすこの状況を受け、輝彦医師の妻で麻酔科医、精神科医の清水惠子医師が入院患者を診ることに。ただ惠子医師は他病院に麻酔科医として協力していることもあり、外来は引き続き再開できない状態が続いた。
保健所主催の会議で関係者が外来患者の受け入れ先について話し合ったが、具体案は出ずじまい。やむなく同病院が独自に患者を他の医療機関に紹介していた。そうした中でさる7月に惠子医師が新院長・理事長に正式就任。この新体制の下、7月28日付けで同病院の理事に加わったのが、道内外で調剤薬局などを展開する「ミライシアホールディング」の代表、神山武士氏だった。
「理事長のご子息で文字通り大黒柱だった輝彦院長が体調を崩し、病院が立ち行かなくなっているという相談は病院関係者から受けていました。加えて6月には釧路労災病院の精神科が閉鎖され、他にクリニック2カ所も閉鎖する予定になっていた。これはもう地域における精神科医療の崩壊と言ってもいい。清水桜が丘病院の立て直しは待ったなしでした」(神山氏、以下同)
なぜ、釧路管内の精神科医療はここまで衰退したのか。これまで地方の医療を支えてきたのは大学医局からの医師派遣に負うところが大きかったが、近年は医師の働き方改革で地方への医師派遣が難しくなったこと、精神科領域の診療報酬は他科に比べて単価が低く運営を維持していくのが難しいことなどが背景にあると神山氏は見ている。
「それらの理由に加えて地方の開業医はおしなべて高齢化しており、後継者がいなければ診療所を閉鎖せざるを得ないのが現状です。まず、清水桜が丘病院から私に与えられたミッションは新しい医師を招聘し、外来診療を再開することでした」
神山氏は薬剤師として札幌禎心会病院で働いた後、2008年にクローバー薬局を運営する「メディカルファイブ」に入社し10年に社長に就任。19年に調剤薬局や保育事業などを展開する「ミライシアホールディング」を創業し、以後急成長していることで知られる。
この間、神山氏は過疎に苦しむ上川管内の音威子府村や宗谷管内中頓別町の薬局再建にも取り組んできた。音威子府村では村に唯一あった薬局の経営を引き継ぎ、薬剤師を派遣するなど地域医療に果たしてきた功績は小さくない。
清水桜が丘病院の理事就任後の動きも早かった。病院の出資持分を個人で買い取り経営のテコ入れを図ると同時に、栃木県在住の精神科医で東京のクリニックに勤務する一瀬(いちのせ)裕太郎氏(34)を招聘。就任約1カ月後の8月24日には外来診療の再開を果たした。当面は予約制という条件付きながら新規患者の受け入れも始めている。
「新しく来られた一瀬先生は東京で診療を行なっていましたが、栃木県在住ということもあり、地域医療の今後に危機感を持っておられたようです。これは私が音威子府や中頓別の薬局を再建しようとした気持ちと同じだと思います。釧路で診療を始めたばかりですが、まだ30代半ばと若く、優秀な医師なので周囲のスタッフの評判もいいようです」と期待を寄せる。
|医療機関を中核にしながら患者を支える仕組みを構築|
精神疾患の多くは診断の確定と治療に比較的長い時間を要する上、疾患の影響で家庭での生活が営めなくなり、ひいては地域や社会で暮らすことが困難になるケースも少なくない。こうした点を考慮し、清水桜が丘病院をはじめ多くの精神病院では医師だけでなく精神障害に関する専門知識を持つスタッフがケアに当たっている。
入院治療については、医師が治療計画の作成や薬物療法など行なう。看護師は看護計画の作成、症状や療養上の傾聴、生活指導、身体健康管理など。精神保健福祉士などの専門職は公的援助制度あるいは経済的な相談、退院支援計画の作成、退院後の社会資源の相談に応じる。
さらに薬剤師による服薬指導、薬物副作用モニターの実施。作業療法士による心身の基本的機能や生活リズムの回復、認知機能の改善、就労支援プログラムの実施。栄養士による食事献立作成と栄養指導。こうした専門職がチームを組み、患者一人ひとりの精神疾患の治療と心理的問題や家族調整を行ない、退院に向けて社会資源につなげていく──というのが一連の流れだ。
「症状が激しくできる限り速やかに症状の軽減をはかりたい場合」「放置すれば自傷や浪費、人間関係の毀損など回復困難な状況に陥ることが予測される場合」「自宅や職場のストレス環境から離れて療養したい場合」などのケースにおいて入院治療が検討される。患者の中には、自分が病気であるという認識を持てずに症状を悪化させるケースもあり、こうした患者には医療保護入院という形で医師の判断で入院させることもできる。
長年に亘り、こうした精神科治療で地域医療に貢献してきた清水桜が丘病院を神山氏はどう再建していく考えなのか。
「まずは、精神疾患への医療的アプローチをしっかり行ない釧路管内で中心となる医療機関にしていきたい。清水桜が丘病院は、躁うつ病や急性期の激しい症状に効果がある電気けいれん療法の改良版である修正型電気けいれん療法(mECT)を行なうことができる道東唯一の施設。新理事長・院長は麻酔科標榜医、麻酔科専門医を併せ持つスペシャリストで、高齢者の方でも全身麻酔下でのmECT治療が可能です。
その一方で力を入れたいのが通院治療。特に退院後、ご自宅で生活する中で日常的なフォローが必要になってきます。今後は、医療的なアウトリーチである訪問看護などさまざまなチームが患者の要望に応じて自宅を訪問したり生活環境を確認する取り組みも強化していきたい」
これまでも同病院では、通院中の患者の自宅や入所施設に看護師、精神保健福祉士などの専門職が定期的に訪問。患者や家族へ相談や助言指導、健康管理、症状の確認、生活指導、服薬指導などを行なっていたが、「今後は関係する行政機関や保健所、精神保健福祉センター、さらには介護施設などとも協力しながら心の病の回復に取り組んでいきたい」と神山氏は力を込める。
「一瀬先生は常勤ではないので、外来診療のパワーはまだ限られています。やっと新患の受け入れを再開したので、まずはこれをしっかり継続することが大事。必要に応じてさらなる医師の確保についても検討していきます」
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