地域に根ざして7周年を迎えたカレスサッポロ「よつば家庭医療クリニック」
訪問と外来で患者に寄り添う「診療科の垣根」を超えた医療
「患者の求めに応じさらに診療体制を強化していきたい」と語る小西医師
(こにし・てつお)1981年滋賀県竜王町出身。滋賀医大卒。日鋼記念病院や北海道家庭医療学センターなどで家庭医の研鑽を積んだ後、時計台記念病院の消化器内科で内視鏡の技術を学び、緩和ケア病棟での診療にも従事。2016年9月「カレスプレミアムガーデン」の管理者兼「よつば家庭医療クリニック」所長に就任。日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医・指導医、日本緩和医療学会認定緩和医療専門医、認知症サポート医。42歳
Medical Report
社会医療法人社団カレスサッポロ(大城辰美理事長)が全国初の取り組みとして2016年9月、札幌市東区に開設した地域包括ケア拠点施設「カレスプレミアムガーデン」。この複合施設で外来や訪問診療に取り組み、地域住民に頼りにされているのが「よつば家庭医療クリニック」だ。同クリニックの所長・小西徹夫医師(42)は、医大生時代に親族を看取ったことを契機に診療科目にとらわれず患者を診る「家庭医」の道へ進んだ経歴の持ち主。超高齢化時代を迎え、社会的に在宅医療や看取りの重要性が増す中、開院7周年を迎えた同クリニックの現在地と今後の目標を小西医師に訊いた。
(8月17日取材 工藤年泰・武智敦子)
地域包括ケア拠点施設の要である「総合診療拠点」
カレスサッポロが運営する地域包括ケア拠点施設「カレスプレミアムガーデン」は、JR札幌駅から北東方向にある文教地域「光星地区」に立地し、医療と介護、住まいを一体的に提供する総合施設として2016年9月1日に誕生。地上5階建ての1階にある「よつば家庭医療クリニック」の他に賃貸型ホスピス、認知症・要介護者向けの賃貸住宅などで構成され、施設の要となる同クリニックはオープン以来、訪問診療と外来で地域医療に貢献してきた。
カレスプレミアムガーデンの管理者で同クリニックの所長を務める小西徹夫医師は、開業から今日までの7年間を振り返り、
「この地域に暮らす人たちに医療、看護、介護の安全・安心を提供しようという理念のもとで各事業部門のスタッフと連携しながらやってきました。クリニックについては、一家3世代、場合によっては4世代の患者さんを診るようになったので、かかりつけ医としての機能を果たせるようになってきました」と話す。
その小西医師は滋賀県竜王町出身で滋賀大学医学部を卒業。当初は循環器内科医を目指していたが、大学時代に祖父を看取った経験から、人生にとって大切なひとつは痛みなどの苦痛を和らげながら家族に囲まれて安心して最期を迎えることだと考えるようになり、診療科目にとらわれず幅広く患者を診る「家庭医」を志した。
大学卒業後は当時家庭医の養成機関のひとつだった日鋼記念病院(室蘭)で2年間研修を受けてから、北海道家庭医療学センター(同)などで経験を積んだ。その後は、臓器別の専門性を高めるため札幌の時計台記念病院に勤務。消化器内科で内視鏡の専門技術を習得し、開設したばかりの緩和ケア病棟を手伝いながら緩和ケア専門医の資格も取得した。
この頃、家庭医として独立し、在宅ターミナルケア(終末期医療)を実践しようと考えていた小西医師に、カレスサッポロの大城理事長から新事業として地域包括ケア拠点施設の責任者をやってほしいとの申し出があり、熟慮の末に受諾。新施設とクリニックの運営を引き受けた。
カレスプレミアムガーデンは地域住民の健康を守るための医療と介護、住まいを備えた複合施設だが、オープン当初は施設内に家庭医がいるクリニックがあることは周知されにくかったという。しかし、医師だけでなく訪問看護師、薬剤師、ケアマネージャーなど多くの職種が連携しながら患者の自宅を訪問し、治療やケアを提供していく在宅医療は徐々に地域に受け入れられていった。
定期的な訪問が患者の大きな助けになる(写真は在宅患者の診療に当たる小西医師)
よつば家庭医療クリニックのエントランス
訪問診療では患者への声がけを欠かさない小西医師
定期的な訪問が患者の大きな助けになる(写真は在宅患者の診療に当たる小西医師)
よつば家庭医療クリニックのエントランス
訪問診療では患者への声がけを欠かさない小西医師
地域のかかりつけ医として患者から信頼を得た7年間
「口コミもありますが、カレスプレミアムガーデンには多職種の職員がいるので、訪問看護で通っているお宅の方を外来に紹介してもらったり、ケアマネージャーが抱えているケースを訪問診療に繋げてもらうこともありました。そうしているうちに、幾つかの診療科を受診しているが主治医を一本化したい、どの診療科にかかればいいのか分からない、通院が辛く自宅で診療を受けたいなどの患者さんが増えてきました」(小西医師、以下同)
患者の年齢層は60代以上が4、5割を占め、30代から40代は3割ほど。あとは風邪などで受診する10代から20代だ。高齢患者の疾患は高血圧、糖尿病、脂質異常などの生活習慣病が多く、それがきっかけで脳梗塞や心筋梗塞を発症した患者もいる。もちろん診療科にとらわれず地域住民の健康を丸ごと診るため、皮膚病や腰痛、ケガなど多種多様な疾患に対応している。
小西医師は外来診療で必ず「今日は何か相談したいことがありますか」と患者に声をかけている。
「患者さんが、皮膚がただれた、膝が痛い、おしっこが近いなどと言ってくれば、当クリニックでも診ますよ、と言います。それにより、このクリニックでは何を相談してもいいんだという雰囲気ができて、多くの患者さんが声をかけてくれるようになりました」
同クリニックではストレス性障害や軽いうつ病など軽度の精神疾患も診ている。
「例えば、食欲がなく眠ることができない患者さんがいるとします。そんな時、医師がその人と関係性を築いていれば、“最近は人間関係が辛い”という一言が出てくるかもしれません。それに対して、ストレスから来ているのかもしれないので、これ以上悪くならないように早めに対処しましょう、と言えるのが本来のかかりつけ医だと思います」
プレミアムガーデン2階の在宅フロアは要介護者向けが22室。3階の賃貸型ホスピスは17室で4階には一般住宅11室の全50室があり、ほぼ満室で稼働。訪問診療を行なっているのは、プレミアムガーデンの利用者30人を含めた周辺地域の115人ほどになる。患者の増加を踏まえて2019年には常勤医として安藤慎吾医師を迎え、現在は医師2人体制でクリニックを回している。
「患者さんの約7割は訪問診療。安藤先生が来られる前は限界に近い状況でした」と小西医師は苦笑気味に振り返る。
チーム医療で看取りまで「その人らしさ」を支える
家庭医として訪問診療を続けてきた小西医師。がんや老衰などで余命いくばくもない患者と向き合ってきた経験も少なくない。ターミナルケア(終末期医療)における患者の看取りについては次のように語る。
「私たちは、患者さんの希望に最大限応じながら最期を迎えることができるよう医療を提供するのが務め。だから患者さんとご家族には、リスクはあるがどうしますかと、幾つかの選択肢を提示して選んでもらいます。特に在宅の患者さんには、ここまでは医療的には許容できるので、あなたの思うような生き方をしましょうと提案しています」
これまで看取ってきた患者の中でも忘れることができないのは、すい臓がんを再発し亡くなった40代の女性のケースだ。夫はレストランを営み、専門学校に通う子どもが2人いた。病院で治療を受けていた時は、痛みを止めるため医療用の麻薬が欠かせなかったが、在宅医療を行なうようになってからは、自然と痛み止めの量を減らすことができた。それは何故なのか。
「ほどなく自分は死ぬ、人間関係が消える、ということから来る恐怖感や喪失感をスピリチュアルペインと呼びますが、これが高まると身体的な苦痛も増加します。この女性は自宅で暮らすことで妻、母としての役割や家族との関係性を再構築できた。そのことで精神が安定し、結果として身体的な痛みが軽減し薬を減らすことができたのだと思います」
夫も子どもたちも時間が許す限り女性に寄り添い、訪問看護や薬剤師によるケアも受けた。薬剤師は24時間365日、自宅での薬の管理をサポートし、家族の思いを聞いたり声をかけていたという。
亡くなった時は子どもから薬剤師に「今、亡くなりました。ありがとうございました」と電話が入り、薬剤師がいかに家族を支えてきたかが分かった。お悔みを兼ねて小西医師がスタッフと一緒に女性の夫のレストランに食事に行くと、「皆さんは妻の在宅を支えてくれた戦友です」と感謝されたという。
末期に当たっては、疼痛などの痛みを取りながら家族に囲まれて最期を迎えることが望ましい。一方で、家族については患者が亡くなるまでの過程でどれだけケアに関わることができるか、患者が亡くなってから遺族がどのように生きていくかが重要だと小西医師は言う。
看取りにかかわる死亡宣告についても遺族の状況を見ながら臨機応変に対応するよう心がけている。
「急死された場合などは遺族が動揺し受け止められない場合もあります。そんな時は、遺族が冷静になるまで時間を置き、事実を受け入れるようになった時点で改めて亡くなったことをお伝えします」
診療体制を強化して重要が高まる在宅医療の質を向上
もしもの時にどのような医療やケアを望むのか。それを事前に考え、話し合い共有するしておくことも重要だ。これを「アドバンス・ケア・プランニング」と言い、意思の表示ができなくなった場合に備えて、「食事が摂れなくなっても胃ろうはしません」など普段自分が考えていることを主治医や家族と情報共有し、それを支援するプロセスを指す。
「10年ほど前に、こういう治療は受けたい、あるいは受けたくないという情報を紙に書いて残すことが流行りましたが、時間の経過と共に人間の考えは変わります。だから常日頃から考えを主治医と共有し、その情報を他の医療者の間にも広げていく。もし、その人が救急搬送された場合、在宅の医師が救急医にそれを伝えることができたら、救急医療のあり方も変わってくると思います。元気な時だからこそ自分がどのような医療を望むのか意思表示することの重要性を私たちはもっと知っておくべきではないでしょうか」
この9月で開業8年目に入った「よつば家庭医療クリニック」。今後については、体制を強化するため家庭医療専門医や在宅医療専門医を増員しマンパワーを充実させるのが目標だという。
「それが他のクリニックとの差別化につながるし、私たちの在宅医療の質を向上させるカギだと思います。目標として医師は5人体制を目指したい。それにより担当エリアを分けることができ、分院をつくって対応することも可能になります」
取材の最後に小西医師は、「体制強化とともに、今後は多くの皆さんが一生を通してのかかりつけ医を持ち、アドバンス・ケア・プランニングで情報を共有し、住み慣れた地域で人生を全うできるようお手伝いしていきたい」と締めくくった。
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