恵佑会札幌病院・渡邉昭仁副院長にがん細胞を叩く「光免疫療法」を訊く
咽頭がんなどの患者に朗報 今後の標準治療として期待

2023年03月号

光免疫療法を取り入れ「ひとりでも多くのがん患者を助けたい」と話す渡邉副院長

(わたなべ・あきひと)1960年青森県出身。旭川医科大学卒業後同医大病院に勤務。旭川赤十字病院や日鋼記念病院、国立がん研究センター(東京)などを経て95年から恵佑会札幌病院に勤務。現在法人副理事長、副院長、耳鼻咽喉科主任部長兼頭頸部外科部長。日本耳鼻咽喉科学会耳鼻咽喉科専門医。医学博士。62歳

Medical Report

がん細胞を狙って治療する「光免疫療法」が注目されている。抗がん剤や放射線治療は正常な細胞にもダメージを与えるネックがあったが、光免疫療法は上手に使用することで副作用もコントロール可能で、患者のQOLの向上が期待される。現在は口腔がんや咽頭がんなど頭頸部領域で手術、抗がん剤、放射線で効果がない患者向けに公的保険が適用されている。札幌市白石区のがん拠点病院、社会医療法人 恵佑会札幌病院(229床)では21年5月からこの光免疫療法を導入。「まだ対象がんは限定的だが、将来的には他の部位にも使える可能性がある」と話す副院長兼頭頸部外科部長の渡邉昭仁医師(62)に期待される新治療の概要を訊いた。

(1月31日取材・工藤年泰)

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「アルミノックス」の名称で普及目指す楽天メディカル


 米国立がん研究所の小林久隆氏が30年ほど前から開発を行なってきた「光免疫療法」の仕組みは次のようなものだ。まず特定のがん細胞に選択的に集まる成分(抗体)と光に反応する物質を結合させた薬剤を点滴で患者に投与する。そのうえで特定の波長の光をがん組織に照射すると、その光と薬剤が化学反応を起こし、がん細胞を壊死させる──。
 いわば、がんを狙い撃ちできるこの光免疫療法については、施行技術により副作用が少なく安全性の高い治療法として導入する医療機関が徐々に増えている状況にある。
 2020年11月には標準治療である外科手術や化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療のいずれも効かない頭頸部がんを対象に保険収載され、公的健康保険の適用になった。使用する薬剤は高額だが、自己負担が一定の上限で済む高額療養費制度を使うことができる。
 この治療法は先述のように小林氏が主導し米国で研究開発が行なわれていたが、近年になって親族のがん治療を模索していた楽天グループの三木谷浩志代表が着目。その三木谷氏が「楽天メディカル」(東京)を立ち上げ、「アルミノックス」の名称で治療基盤を構築していることで知られる。このような中でまずは頭頸部がんを対象に普及を目指しているところだ。
「頭頸部がん」というと耳慣れない人もいるかもしれないが、頭頸部とは鎖骨から上の部位(脳と眼球、顔面を除く)を指し、その範囲にできる口腔がん(舌がん)、喉頭がん、咽頭がんなどが頭頸部がんということになる。
 恵佑会札幌病院の渡邉昭仁医師は、
「楽天メディカルさんが光免疫療法に関わってから10年くらい経っていますが、近年確立された新しい治療法なので、多くの臨床現場で使う流れにはまだ至っていません。これまでの標準治療にプラスαとして組み込まれていくのは、これからだと思います」と見通しを話す。
 光免疫療法を行なうには、がんの治療実績がある医療機関で頭頸部の専門医や指導医がいるなどの条件を満たすことが必要で、所定の講習を受け日本頭頸部外科学会に登録した医師が施術を担わなければならない。恵佑会札幌病院が渡邉医師を中心にこれらの条件を満たしているのは、言うまでもない。
 ただ個別の患者について光免疫療法を行なうかどうかについては、初めての症例から3例目までは日本頭頸部外科学会の検討委員会と一緒に検討会を行ない、経験のある医師からのアドバイスを受けたうえで行なうように推奨されている。まだまだ新しい治療法であることを踏まえ、多くの医師の経験を参考にして安全かつ有効に治療できるためのスキームと言える。
 現在、道内で治療を受けられる医療機関は同病院のほか北大病院、札幌医大附属病院、旭川医大病院、手稲渓仁会病院など限られた拠点病院で、恵佑会では2022年5月から取り組みを始めている。
 渡邉医師によると、治療を行なうには、まず安全性を担保するため大血管との解剖的位置関係や施術後の気道確保などに問題がないかなどを確認することが大事になる。その後、医師らがインフォームドコンセントを十分行ない患者の同意を得ることが必要だ。入院後は治療の24時間前に光免疫の薬剤を点滴し、翌日に治療する部位に特殊な光を照射する。
 光の照射はがん細胞に真っ直ぐに光を当てる方法と、患部が深い場所にある場合は針を刺して針の周囲に光を当てるという2種類の方法があるという。治療効果については個人差があり、治療の最中にがん組織が縮小する場合もあれば、1~2週間かけて段々小さくなっていくケースもあるといい、これまでの日本における光免疫治療で、がん細胞が100%死滅する完全奏功の確率は20%というデータも報告されている。
「まだ断言はできませんが。光化学反応との兼ね合いで劇的に反応する人もいれば、ゆっくり反応する人もいるようです」(渡邉医師、以下同)

頭頸部の図解(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の資料より)

「光免疫療法」の開発普及を目指す楽天メディカル(画像は同社のホームページ)

頭頸部の図解(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の資料より)

「光免疫療法」の開発普及を目指す楽天メディカル(画像は同社のホームページ)

下咽頭がんの症例で痛みや腫れが引いてQOLが改善


 同病院で一例目となったのは下咽頭がんを患う60代の男性だ。外科手術、放射線治療などの治療にもかかわらず、リンパ節に転移・浸潤し首の腫れがあった。この患者を対象に22年11月、光免疫治療を行なったところ、痛みが軽減し首の腫れも引いてQOLが各段に向上したという。
「首の腫れが引いたため精神的にも安定するなど明らかに治療効果がありました。ただ難しい症例だったこともあり、1回目でがん細胞が完全に消えることはありませんでした。この治療は4回まで行なうことができるので、2回目、3回目を今後予定しています」
 幸いこの患者はリンパ節以外の遠隔転移へはなかったが、「他の臓器に転移があっても、光免疫療法で頭頸部領域のがんを治療することで生命予後の延長が期待できる場合には、十分に治療方法のひとつになりうる」と渡邊医師は考えている。
 同病院では現在、2例目と3例目の施術についても検討を行なっており、「中咽頭がんや下咽頭がんの患者さんですが、施術技術の進歩や器具の開発もあり、これまで難しいと考えられていた下咽頭などにも光を当てることができるようになりました」と渡邉医師。
 同病院の頭頸部外科では中咽頭がんと下咽頭がんの患者が多く、進行癌では首の腫れ、あるいは喉のつまりなど違和感を覚えて受診するケースがほとんどだという。
「患者さんによっては痛くも痒くもなかったので病院に来なかったと言うように咽頭がんは初期のうちは自覚症状がない病気です。しかし、リンパ節に転移してくれば首の腫れや痛みが出てきますし、他の臓器への転移のリスクもある。早期に受診をすることをお勧めします。
 手術をする場合、完全切除を目指すのが基本で、手術が困難な場合は抗がん剤や放射線治療を行ないます。いずれにしても早期に発見すれば、現在ではロボット手術や内視鏡で完全切除も可能なので、早い段階で受診してほしい」
 述べてきたように現在、光免疫療法は咽頭がんや口腔がんなどの頭頸部領域のがんに限定されている。それ以外の臓器で光が当てることが困難な部位の治療を行なうのは難しいが、内視鏡などで光を照射することが可能なため、「将来的には他の部位にできたがんにも使えるようになります」と渡邉医師は期待する。


まだ発展途上の光免疫療法臨床を通して可能性を追求


 咽頭がんは部位により上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がんに分けられるが、渡邉医師によると、欧米をはじめ世界的に注目されているのがヒト乳頭種ウイルス(ヒトパピローマウイルス)が発症に関係する中咽頭がんだという。
 のどの中咽頭にできる中咽頭がんは、喫煙や飲酒の他にヒト乳頭種ウイルスの感染が原因のひとつであることが分かっている。自覚症状としては食べ物を飲み込む時の違和感や咽頭の痛みなどがある。従来は高齢男性に多い病気であったが、近年は若い患者が増えている。
「私が耳鼻咽喉科の医者になったころ中咽頭がんは高齢男性の病気でした。若くても60代で70~80代の患者が多かった。しかし、今は30代で見つかる人もいます。当院の患者でも一番若い人は、首の腫れでがんが見つかった30代の男性です。組織学的にもヒト乳頭種ウイルスがこの病気に関わっていることは証明されており、感染の有無によりステージ分類を行ない治療法を決めるのが原則です」
 ヒト乳頭種ウイルスによる発がんは、子宮頸がんが知られている。ヒト乳頭種ウイルスがなぜ男性に多い中咽頭がんの発症と関係があるのだろうか。
「はっきりと証明はされていませんが、学問的にはオーラルセックスの広がりとヒト乳頭種ウイルス感染中咽頭がんが増えたことは無関係ではないと考えられています。現在は中咽頭がんの診断後はまず、ウイルス感染の有無をきちんと検査することが絶対必要となっています」
 恵佑会札幌病院では今後、光免疫治療法にどのように取り組んでいくのか。
「現在、光免疫療法は手術、抗がん剤、放射線の標準治療ができなくなった患者さんに適用されていますが、この治療法がどの段階で最大限効果を発揮するかについてはまだ未知の領域。手術や放射線治療の前に光免疫療法を取り入れることで温存機能が良くなるかなどは今後の検討課題だと思います。今後は症例数を増やして治療効果や可能性を検討していきたい」


 渡邉医師は、頭頸部領域のがん手術を年間300件前後手掛ける専門医で、この数字は道内でもトップクラスだ。「小さな頃から病気で苦しんでいる患者を救う医者は憧れの存在だった」と述懐し、小学校2年の時に「医者になろう」と決意して旭川医科大に進学した経歴の持ち主だ。
「大学で耳鼻咽喉科を専攻してからは、がん治療の勉強をずっと続けてきました。私が今も勤務医を続けているのは、がんの患者さんを治すことができる環境がここにあるからです。子どもの頃に夢見ていた患者さんを助ける仕事を実践できるのが恵佑会札幌病院であり、当時の患者を救いたいという気持ちは、今も変わりません」
 物静かな印象の渡邉医師だが、がん治療への熱意は揺るぎない。そんな渡邉医師に患者へのメッセージを聞いた。
「頭頸部領域のがんで光免疫療法を希望しても、できない医療機関がまだまだ多い。この治療についてはまだ一定の制限がありますが、治療対象と考えられる患者さんがいる場合には是非相談していただければと思います」



社会医療法人 恵佑会札幌病院
札幌市白石区本通9丁目南1番1号
TEL:011-8637-2101(代表)
HP:https://www.keiyukaisapporo.or.jp/

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