認知症対策に総力をあげて取り組むつしま医療福祉Gの対馬代表に訊く
介護と研究、医療の連携で生まれる高いシナジー効果

2022年12月号

介護現場で多くの認知症患者に接してきた対馬代表(日本医療大学理事長室で)

(つしま・のりあき)1953年美唄市出身。83年札幌栄寿会(現ノテ福祉会)を設立し翌年豊平区に特別養護老人ホーム「幸栄の里」を開設。2014年清田区真栄のアンデルセン福祉村に日本医療大学を開学。15年学内に認知症研究所を開設。21年4月に日本医療大学の真栄キャンパスと恵庭キャンパスを創業の地である豊平区月寒東(月寒本キャンパス)に新築移転。同年8月に月寒本キャンパス敷地内に日本医療大学病院を新築移転。社会福祉法人ノテ福祉会理事長。学校法人日本医療大学理事長。つしま医療福祉グループ代表。69歳

Medical Report

日本の地域包括ケアシステムを牽引する「つしま医療福祉グループ」(対馬徳昭代表・本部札幌)が総力をあげて認知症対策に取り組んでいる。従来の介護分野でのケアに加え日本初の認知症研究所における知見集積とフィードバック、さらには日本医療大学病院の「もの忘れ外来」開設など、グループが一丸となって相乗効果を発揮しているのが大きな特徴だ。小規模多機能型居宅介護サービスの使い分けで介護離職解消や利用者の状態改善につなげたほか、認知症患者の五感に刺激を与え精神を安定させる「スヌーズレン療法」も導入し、関係者から高い評価を得ている。高齢化が進む我が国の大きな課題に真正面から向き合う対馬代表に、認知症対策の現在地を訊いた。
(10月17日収録・工藤年泰)

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介護が持つ大きな力


 ──対馬さんが介護福祉の世界に入って直面した「認知症」には、どんな印象を持ちましたか。
 対馬
 いわば高齢者特有の病気ですが、さまざまなタイプがあることに驚きました。有名なアルツハイマー型認知症をはじめ、脳の血管障害による血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、それぞれダメージを受けている部位によって症状は違うんだろうなと。これまで私たちはそれらの症状に応じて介護の対応の仕方を変えてきました。今の日本で認知症に上手く対応できているのは「介護の力」が大きいと思います。
 ──介護はどのようなメリットをもたらしているのでしょうか。
 対馬
 症状に応じたケアによって、以前よりも穏やかな生活ができるようになったり、常時興奮状態にあった人の気持ちが少しずつ安定してくるなどです。
 中には興奮して介護スタッフに暴力をふるう人もおられる。そういう認知症の周辺症状もケアの仕方によって徐々に鎮静化していきます。こうしたことは、一人ひとりの症状に応じた対応によるものであることは明らかです。
 ──いま、つしま医療福祉グループ全体の利用者はどれほどで、そのうち何割の方が認知症にかかっているのでしょうか。
 対馬
 特別養護老人ホームをはじめとする施設介護、そして在宅介護を合わせて全国におよそ3千人の利用者がいます。程度の差はありますが、その8割が認知症と言っていいでしょう。
 特に気の毒なのは初期です。つい最近まで出来たことが急に出来なくなったりするわけですから。
 ──本人にとってショックだったり、そこから落ち込んだり。
 対馬
 初期のうちはまだ認知能力があるので、自分でも「何か変だ」と思っているわけですが、進行すると、やがてはそういう自覚すらなくなってくる。その間の葛藤は本人としてはさぞ辛いだろうと思います。
 ──対馬さんもそういう場面を多くみてきた。
 対馬
 私自身、多くの利用者さんでみてきました。施設と違い在宅介護の場合は高齢者をみているのは主に家族です。昔は、受け答えに違和感がなかった人が、それまでと違って話がかみ合わなくなった時、それでも「ウチの母さんに限って」などと認知症であることを受け入れられないケースが多かったのですが、最近はこの病気に対する理解がかなり深まってきていると感じます。
 若年性アルツハイマー、いわゆる若年性認知症は早い人だと50代後半から発症しますが、発症世代で出現率が増加するのは75歳を境にする後期高齢者です。
 ──私の親も晩年に認知症になりました。発症は90 歳前後でしたが、明らかに譫妄(せんもう)の症状が出ていました。
 対馬
 レビー小体型認知症では見えないもの、例えば動物のキツネやタヌキが出てきたりします。不思議ですが、本人の頭の中ではそれが見えているのです。これはなかなか治りづらいようです。

「その人がその人でなくなる」のが認知症(写真はイメージ)

日本医療大学の月寒本キャンパス(札幌市豊平区月寒東地区)

「つしま医療福祉グループ」を象徴するアンデルセン福祉村
(札幌市清田区真栄)

「その人がその人でなくなる」のが認知症(写真はイメージ)

日本医療大学の月寒本キャンパス(札幌市豊平区月寒東地区)

「つしま医療福祉グループ」を象徴するアンデルセン福祉村
(札幌市清田区真栄)

スヌーズレン療法に期待


 ──2015年に日本初の「認知症研究所」を日本医療大学に設立されましたが、意図や目的は。
 対馬
 元々我々は介護福祉事業者でしたので、医療的なアプローチで認知症を治すことはできませんでした。このため研究で得られた知見を介護現場に還元することで少しでも改善に結びつけたり、進行を遅らせることができればという思いからのスタートでした。
 発足以後、研究所で当グループの小規模多機能型居宅介護サービス(小規模多機能)の利用者を調査したところ、やはり利用者の約8割が認知症であることが分かりました。この結果を踏まえ、小規模多機能の「通い」と「泊り」、「訪問」の3つのサービスを使いわけてもらうことで、親(利用者)の介護と仕事の両立が可能になっていきました。
 いま親の介護のために仕事を辞めざるを得ない介護離職が年間約10万件にのぼり、大きな社会問題になっています。小規模多機能のサービスは、それぞれの家庭や介護者の仕事の状況に合わせて3つのサービスをフレキシブルに提供することができます。これによって介護者の離職を防ぎ、ひいては利用者本人のQOLや意識の改善につながる大きな成果になっています。
 ──サービスのきめ細かな使い分けが介護者と認知症の状態改善につながっている。
 対馬
 親の最期は家で看取ってあげたいという家族の願いにも対応できるものだと思います。
 ──最近の取り組みとしては。
 対馬
 「スヌーズレン療法」をケアに取り入れ、利用者の改善につなげています。これはオランダで生まれた療法で、もともとは知的障碍者向けの感覚統合セラピーだったもの。それを認知症用にアレンジし、五感に刺激を与えて精神を安定させる個別機能訓練の一環として実施しています。ヨーロッパやオーストラリアをはじめ、最近では韓国でも普及し始めていますが、日本ではまだまだ着手されていません。
 我々は研究者からこの療法の良さを聞いていたので10年ほど前に導入し、認知症研究所で研究を重ね、今は当グループ全ての高齢者施設でスヌーズレン療法ができるようセラピストを育成しています。
 ──どのような療法ですか。
 対馬
 例えば、機関車が走っている光景を目で見ながら、耳では機関車の音や山や川のせせらぎの音を聴く。鼻では香りを嗅ぎ、指は数珠などを触ったりなど、一度に5つの刺激を与えて感覚に訴えかけます。今は入所者を中心に1週間に1、2回行なっているところですが、興奮状態にある人がこの療法を受けてから落ち着きを取り戻したり、認知機能が徐々に回復することが分かってきました。それらの成果はここ2、3年、関連学会でも発表しています。
 ──注目される成果ですね。
 対馬
 これらは、グループ傘下の日本医療大学として発表することもありますし、セラピストがノテ福祉会の立場で発表することもあります。関係者は「つしま医療福祉グループ」の事業と分かっているので、スヌーズレン療法を始めグループ全体を視察したいと全国からさまざまな人たちが訪れています。
 今は大学病院に認知症の専門医がいるので、その先生たちが中心となって大学のセラピストや教授陣、さらに現場のスタッフもが参加して一緒にスヌーズレン療法の開発に取り組んでいます。
 ──認知症研究所の取り組みが介護現場や大学病院に還元されている。
 対馬
 先述したようにグループ全体で約3千人にサービスを提供していけば、そこから得られる認知症に関する膨大なデータを研究にフィードバックできるのが我々の強みになっています。来年には今まで積み上げてきたものを、ある程度まとめて学会などで発表できるのではないかと思っています。


認知症のブレークスルー


 ──最近は認知症の新薬開発も進んでいる。
 対馬
 製薬大手エーザイが米国のバイオジェンと組んで開発中のアルツハイマーに対する新薬「レカネマブ」で、脳内の神経細胞を壊すアミロイドベータを除去する仕組みです。
 ──臨床では良い結果が出ているそうですが。
 対馬
 私も期待しています。ただ脳のアミロイドベータを除去して、それで完治するのかといえば、そうではないという説もあるようです。その一方で、今はリハビリテーションによって認知機能を改善する研究が進んでおり、右脳がダメージを受けても左脳をリハビリすれば右脳が回復するケースもあると言われています。途上ではあるようですが、札幌医科大学では再生医療で認知症を治せるのではないかとして関連研究が行なわれているそうです。
 ──認知症の大きな問題に徘徊や暴れるなどの行動があります。
 対馬
 それにもスヌーズレン療法が効果的です。私も認知症の利用者に唾を吐きかけられたことがありますが、その時の対応が大事なんです。「汚いね、何やってるの」ではなく「気が済むまで唾を吐いていいですよ」といった受容の態度で介護者が接する。私たちの現場では皆がそういった対応をしています。
 ──先日、浦河で取材した精神科医は、施設の高齢者が暴れるなどで呼ばれることがあるそうです。職員は薬などでおとなしくさせて欲しいと思っていても、そのドクターは対話と受け入れの中で気持ちを段々穏やかにする対応をとっておられた。介護も医療も共通するものがありますね。
 対馬
 高齢化が進むにつれ認知症は増加の一途をたどっていますが、昔に比べると認知症に対する基本的な知識や理解がかなり深まっているのも事実。認知症サポーターも全国で増えており、患った方の大きな事故は減る傾向にあります。さらに、現在はいろいろな機器の登場で徘徊の常習者にGPSを付けて追跡することも可能になっており、一概に悲観的な状況ではないと私は思っています。
 ──新薬の開発など医療的なアプローチ、介護で少しでもQOLや認知機能を維持していくアプローチ、その両方が必要と言えそうです。
 対馬
 正しい診断を踏まえて介護の対応を変えていくことが大事ですが、実際には結構な数の鬱病などの患者が今でも認知症と診断されたりしています。診断技術や方法が完全には確立されていないと私は思っています。長谷川式認知症スケールやМRIによる検査といった物差しもありますし、最近では血液解析でアミロイドベータを測定できるような機器もありますが、非常に高額で広く普及するのはなかなか難しい。
 ──認知症は診断も治療もハードルが高い。そんな中で、つしま医療福祉グループは状態の改善に向け介護現場で工夫し、認知症研究所では研究に取り組む。そして大学病院では「もの忘れ外来」で診断と治療にも尽力している。
 対馬
 日本医療大学病院の「もの忘れ外来」は、精神科医で認知症専門医の石田哲郎先生を迎えて今年の5月から始めました。石田先生は札幌医大出身の若手の医師で、大学病院の診療部長を務めていただいています。今はMRIを活用した診療方法を構築している最中です。
 ──本日は認知症について希望が持てる話をありがとうございました。

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