循環器分野の「ダヴィンチ」手術を牽引する札幌心臓血管クリニック
僧帽弁閉鎖不全症などに卓効 手術支援ロボットが拓く未来

2022年06月号

我が国における循環器分野のロボット手術をリードするひとりになった橋本医師

(はしもと・まこと)1980年フィンランド生まれ。2007年島根医科大学医学部医学科卒業後、札幌医科大学附属病院研修センターへ。同院第二外科、道立北見病院、豊見城中央病院、榊原記念病院を経て14年から札幌心臓血管クリニックに赴任。心臓血管外科部長、低侵襲心臓手術(M ICS)センター長、医学博士、日本外科学会専門医、心臓血管外科専門医・修練指導者、日本ステントグラフト実施基準管理委員会胸部・腹部ステントグラフト指導医、ロボット心臓手術関連学会協議会認定術者、同プロクター。札幌市在住。41歳

Medical Report

手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使った心臓手術で、医療法人札幌ハートセンター(藤田勉理事長・院長)の基幹病院、札幌心臓血管クリニック(東区・104床)が実績を上げている。同病院は、東北以北で心臓血管分野におけるダヴィンチの手術を実施できる唯一の医療機関となっており、今年度から手術の見学とトレーニングを行なう認定施設として人材育成も担うことになった。僧帽弁閉鎖不全症などの治療で保険収載されたダヴィンチ手術の大きな可能性について、同病院の低侵襲心臓手術(M ICS)センター長で、昨年10月に指導医(プロクター)に認定された橋本誠医師(41)に訊いた。(4月21日取材)

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東北以北で唯一の実施施設


 近年は心臓血管外科分野でも手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使った手術が行なわれるようになり、2018年4月に僧帽弁形成術と三尖弁形成術が保険収載された。これを受けて同病院は19年にダヴィンチを導入。厳しい審査を経て認定施設となり20年2月から稼働を開始した。
 この中で橋本医師は同年だけで50症例を手掛け、翌21年は約120症例と国内第2位に躍り出た。3年目となる今年は、4月下旬時点で30症例を超しており6月末まで手術スケジュールが埋まっている状態。今や札幌心臓血管クリニックは、我が国の循環器分野でロボット手術を牽引する医療機関として確実に存在感を増していると言っていい。
 ダヴィンチによる手術は泌尿器や婦人科の分野で導入が進んできたが、拍動し出血しやすい心臓血管外科分野では歴史が浅い。現在も手術ができる認定病院は限られており、東北以北では札幌心臓血管クリニックが唯一となっている。
 同病院の低侵襲心臓手術(MICS)センター長でもある橋本誠医師は19年にアメリカ・シカゴ大学に3カ月間留学。ロボット手術の世界的権威、バルキー博士(HusamH. Balkhy, MD)が率いるチームでダヴィンチの手技を学んできた。それ以後の手術実績を評価され、同医師は21年10月に日本ロボット外科学会や日本心臓血管外科学会などで構成する「ロボット心臓手術関連学会協議会」から指導医である「プロクター」に認定。これに伴い同病院は、今年度からダヴィンチ手術を志す医師の教育プログラムを担う「見学認定施設」となり、人材育成を通じてロボット心臓手術の普及に取り組むことになった。
「これまで循環器の分野でダヴィンチの手術を始める医師は韓国で症例の見学とトレーニングを受ける必要がありましたが、新型コロナの感染拡大で制限がかかりました。
 この状況を踏まえ、ロボット心臓手術関連学会協議会は、循環器分野でロボット手術を普及させるため、今年度から国内で教育プログラムを行なうことを決め、当院も見学認定施設としてその一翼を担うことになりました。国内の循環器分野でダヴィンチで実績をあげている病院は当院を含めて東京や大阪など4施設あり、いずれも安全に手術を行なっていることが実証されています」(橋本医師)
 ダヴィンチは1990年代後半にアメリカで開発された手術支援ロボット。執刀医は手術室から離れたコンソール(操作台)で、3本の手術用アームとカメラ用アーム1本を遠隔操作して、患部の切除や縫合を行なう。手術用アームは手のような構造で可動域が広いため、あらゆる角度で動かすことが可能。また、カメラ用アームには3D内視鏡が取り付けられているので医師は鮮明な映像を見ながら手術することができる。
 これまで心臓の手術は、胸の真ん中を20センチほど切開する胸骨正中切開が主に行なわれてきた。視野が広く安全に手術できるが入院期間が長く感染症などのリスクも高かった。近年は胸骨を切開せずに、胸の右下を5センチほど切開し肋骨や周辺の筋肉に負担をかけない低侵襲手術「MICS」も導入されている。しかし、小さく切開した部分から手術器具を入れるため視野が狭く可動域も制限されるなどの課題があった。
 その点、ダヴィンチは胸骨を切開しないため出血が少なく感染症のリスクも小さいうえ、MICSより精密な治療が可能で、創痛も少なく早期退院、早期社会復帰が可能となる。
「ダヴィンチは低侵襲で安全・安心な手術であり、特に僧帽弁閉鎖不全症については一番成績がいい。しかし、このことを知らずに重篤化して辛い思いをしている人がたくさんおられます。道内で僧帽弁形成術をダヴィンチで受けられるのは当院だけなので、ひとりでも多くの患者さんにこの治療があることを知ってもらいたい」と橋本医師は力を込める。

経食道エコー検査における僧帽弁閉鎖不全症の診断画像

コンソールを操作してオペを行なう橋本医師

ダヴィンチのシステム全体

経食道エコー検査における僧帽弁閉鎖不全症の診断画像

コンソールを操作してオペを行なう橋本医師

ダヴィンチのシステム全体

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ダヴィンチでさらなる高みを


 僧帽弁閉鎖不全症は、心臓に4つある弁のうち左心房と左心室の間にある僧帽弁がしっかり閉まらず、血液が心臓内で逆流し心不全を引き起こす疾患。左心室は心臓の中でも強い力で血液を大動脈に駆出するため、僧帽弁がその強い圧から左心房や肺を守っている。だが、加齢などにより傷んだり外れることで血液の一部が逆流し、息切れやむくみ、倦怠感などを引き起こす。放置すると心不全や不整脈を起こす危険性もあるので注意が必要だ。この病気と同じくダヴィンチ手術が保険適用される三尖弁閉鎖不全症は、僧帽弁閉鎖不全症に併発することが多い。
 橋本医師はこう説明する。
「僧帽弁は血液の逆流防止を担う弁の中でも最も壊れやすい弁のひとつ。私は22歳から89歳までをダヴィンチで手術しており発症年齢は千差万別です。若い患者は生まれつき弁が外れやすい先天性のものでした。年齢が低く長い人生が待っている患者には胸骨を切らずに50年間もつ治療をすべきであり、それにはダヴィンチ手術以外にないと確信するようになりました」
 弁の状態については、動いている心臓をリアルタイムで撮れるエコー検査でおおよその評価はできるが、中には食道内から撮影する経食道エコー検査をしなければ重症度を正確にジャッジできない患者もいる。
「エコー検査で軽症とされた患者が経食道エコーで重症と判明するケースも少なくありません。このため、気になった時は経食道エコーも行ない診断をつけます」
 僧帽弁閉鎖不全症に併発することが多い三尖弁閉鎖不全症だが、中には三尖弁だけ調子が悪い場合もある。こうした患者を抱えた内科医から「三尖弁だけ治してもらえないか」と打診されたケースもこれまで何例かあったといい、橋本医師は「三尖弁単独でもダヴィンチ手術は治療として非常に優れています」と話す。
 現在、同病院の低侵襲心臓手術センターにおける手術の7、8割はダヴィンチを使用。僧帽弁形成術も三尖弁形成術も出血を最小限にし、手技中に血流が邪魔しないように一旦心臓を止めてから実施する。心臓に戻ってくる血液を外に出し人工心肺装置でガス交換を行なったうえで大動脈に血液を送り込む。そうすることで、心臓と肺には血液が流れず、全身に血液が流れる仕組みをつくることができる。
 皮膚を切開する位置はMICSと同じで、3~4センチほどを1カ所、1センチを数カ所。いずれもMICSより数センチ傷口は小さい。心臓にアクセスしてから、閉まりの悪くなった僧帽弁を切除し残った部分と縫い合わせ、最後に弁の外周部分に縫着する補強材料の人工弁輪を取り付ける。
 手術で心臓を止めているのは概ね1時間から1時間半。2時間を超すことはなく、手術により心機能が悪くなり拍動再開に支障が出た患者はこれまで皆無だという。胸骨を切らないため体の負担が少なく術後3~5日ほどで退院できる。
「私はMICSや開胸手術もこなしていますが、できればダヴィンチ手術に特化していきたい。外科医は、いろいろな手技の経験を踏まえて自分の道を見つけ高めていくもの。私はダヴィンチでさらなる高みを目指し、他の医師は他の分野で腕を上げ、それぞれの分野でプロの集団をつくることが当院だけでなく地域にとってもベストだと考えています」(橋本医師)
 述べたように、今年度から札幌心臓血管クリニックはダヴィンチ手術の見学認定施設となり、教育プログラムがスタートした。橋本医師はプロクターとして人材育成を担うことについて次のように話す。
「開胸やMICSの手術がちゃんとでき、ダヴィンチもできる医師はそうそうおらず、おそらく全国的に若手の育成まで手が回っていないのが現状でしょう。そんな中でこのほど当院が教育プログラムの実施施設になった。今後は、いろいろな医師との出会いを通してロボット手術のスペシャリストを育てていきたい」
 ※
 札幌心臓血管クリニックは、藤田勉理事長が「患者に負担をかけない断らない医療、最先端を取り入れた最善の診断と治療」を掲げ19床の循環器内科医院として2008年に開院。以後、あらゆる循環器疾患に対応するためスタッフと設備を強化し、12年には心臓血管外科を開設。病床も74床に増やし循環器専門病院に変貌を遂げた。さらに18年に85床、21年8月には104床に増床し、現在に至っている。
 最近のトピックとしては、昨年10月に狭心症や心筋梗塞を治療する経皮的冠動脈インターベンション(PCI)のロボット補助システム「コーパス」を導入。この分野でも低侵襲治療の領域を広げた。PCIは動脈硬化などで血液中の脂肪やコレステロールが溜まり狭くなった心臓の冠動脈をバルーン(風船)やステント(金網)で広げる内科的手法で、開胸手術で行なうバイパス手術に比べ体への負担が少ない。同病院での低侵襲手術はダヴィンチを含めて全国屈指のレベルとなっている。
 今年の夏には厚別区新さっぽろ駅周辺の大規模再開発地区に整備される医療モール内にサテライト機能を持つクリニックを開設する予定で、厚別区だけでなく清田区や北広島市方面の患者にも対応していく考えだ。
 藤田理事長が口にする「100年続く病院」を目指し、これまで増改築で対応してきた札幌心臓血管クリニックは3年以内に建て替える計画。新病院は、カテーテル室10室と手術室5室を有する道内最大規模の循環器病院になる見込みだ。




医療法人札幌ハートセンター
札幌心臓血管クリニック
札幌市東区北49条東16丁目8番1号
TEL:011-784-7847
HP:https://scvc.jp/

中和興産
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