札幌の中村記念病院が導入した椎間板ヘルニアの低侵襲治療
薬剤ヘルニコアの注入で多くの患者の腰痛が消失
「辛い椎間板ヘルニアもヘルニコアで改善する場合がある」と大竹医師
(おおたけ・やすふみ)1979年福島県出身。2007年札幌医科大学卒業。同年中村記念病院勤務。脊椎脊髄・末梢神経センター長、脳神経外科副部長。専門は脳神経外科全般のほか脊椎脊髄末梢神経外科。日本脳神経外科専門医・指導医、日本脊髄外科学会認定医・指導医、日本脳卒中学会専門医、日本神経内視鏡学会技術認定医。43歳
Medical Report
全国屈指の脳神経外科専門病院として知られる社会医療法人医仁会 中村記念病院(札幌市中央区/中村博彦理事長・院長/ 499床)が、腰痛などを引き起こす椎間板ヘルニアの新しい治療法として「ヘルニコア」という薬剤を使った施術を導入し効果を上げている。同病院脊椎脊髄・末梢神経センター長で脳神経外科副部長の大竹安史医師は「脳神経外科病院で腰痛の治療を行なうのを不思議に思うかもしれませんが、当院は開院以来、脳から連なる脊椎脊髄・末梢神経の治療を手掛けてきました。ヘルニコアも椎間板ヘルニア治療の有力な選択肢であることを知ってもらいたい」と話す。1泊2日の入院あるいは日帰りも可能なヘルニコア治療とは──。(2月24日取材)
手術を回避する選択肢
椎間板は背骨をつなぐクッションの役割を担う。腰痛や脚のしびれの原因となる椎間板ヘルニアは椎間板内の「髄核」という軟骨が外に飛び出て神経を圧迫し痛みを生む。
初期のうちは自然に改善することもあるが、症状が良くならない場合は、痛み止めの内服、理学療法、ブロック注射といった保存的療法を続けながら回復を待つ。それでも効果がなく痛みが激しくなってきた場合は手術などの一歩進んだ治療が検討される。
今回紹介する「ヘルニコア」は日本の科研製薬が開発した薬剤で、コンドリアーゼという酵素が髄核の保水成分を構成するグリコサミノグリカンを分解。これにより飛び出た髄核を縮小させ神経への圧迫を軽減する。長期的な臨床研究を経て承認されており、2018年から保険収載されている
米国では昔から、パパイアから抽出したタンパク質分解酵素「キモパパイン」を髄核内に直接注入しヘルニアを溶かす治療が行なわれていたが、アレルギー反応や強度の腰痛といった副作用が強いため、日本に導入される前に販売中止になった。
「椎間板ヘルニアの初期治療は、原則的に保存的療法が優先されますが、症状が改善しなければ手術が行なわれていました。このヘルニコアは保存的療法と手術の中間にある治療法というイメージです。当院でこの治療を受けた患者さんは全員、症状が消失しています。手術のような即効性はありませんが、1週間から1カ月前後、ゆっくり時間をかけて症状を改善します。手術を避けたい患者にはひとつの選択肢となると思います」(大竹医師・以下同)
治療はアレルギー反応が発生しないか慎重に観察しながら局所麻酔で行なう。レントゲンで確認しながら専用の針を髄核内に刺し、ヘルニコアを注入する。70~80%の患者に効果があるとされ1泊2日の入院あるいは日帰りの治療も可能だ。副作用として腰痛や感染症が考慮され、薬剤によりアナフィラキシーショックも引き起こす可能性もあるため、この治療は生涯に一度しかできない。
患者の安全を確保するため、ヘルニコアの投与をめぐっては、医師と施設に厳しい要件が設けられている。医師については日本脊椎脊髄学会もしくは日本脊髄外科学会の指導医、認定医として椎間板ヘルニアの診断・治療に十分な知識と経験があること。施設基準ではアナフィラキシーショックに対応でき、緊急時には背椎手術ができる施設であることなどだ。それらを踏まえて中村記念病院では2年ほど前にヘルニコアの治療をスタート。手術を回避したい患者に朗報をもたらしてきた。
「脊椎手術を数多く手掛けることで中村記念病院は日本脊髄外科学会認定訓練施設となり、多くの後輩医師たちが脊椎・脊髄外科の専門医を目指しています」
ヘルニコアの投与前後の治療イメージ
(科研製薬の資料より)
手術中の大竹医師
ヘルニコアの投与前後の治療イメージ
(科研製薬の資料より)
手術中の大竹医師
脳から神経疾患までをカバー
同病院では開設以来、脳疾患はもちろん脳から連なる脊椎脊髄・末梢神経の治療までを手がけ、5年前には「脊椎脊髄・末梢神経センター」が開設された。同センターでは脳神経外科と整形外科、脳神経内科、神経放射線科が連携しながら治療に取り組み、頸椎や胸椎、腰椎、四肢の末梢神経から生じる手足のしびれや痛み、頸部痛、腰痛、歩行困難などを改善している。
「日本では椎間板ヘルニアなどの腰痛や下肢痛を扱うのは整形外科のイメージがあるかもしれません。しかし、脳神経と同様の“神経”を扱うため欧米では脳神経外科の行なう手術の8割が脊椎脊髄疾患といわれています。日本はフリーアクセスで患者はどの病院でも受診できますが、欧米では家庭医がどんな病気でも最初の窓口になるため、手術の必要な患者を(手術の)スペシャリストである脳神経外科に紹介するというシステムになっています」
同病院の脊椎脊髄・末梢神経センターで扱う手術症例数は昨年150症例ほどで、椎間板ヘルニアや脊髄靭帯骨化症、脊髄腫瘍、脊髄血管障害、仙腸関節症など幅広い治療を手掛けている。
※
中村記念病院は1967年に日本初の脳神経外科専門病院として開院。半世紀以上に亘り同分野の疾患を総合的に診療する医療機関として歩み、24時間365日体制の救急体制も整備。加えて開院以来、数多くの名医が巣立ったことでも知られる。
各分野の疾患を正確かつ安全に治療するためセンター化を進め、「脳卒中センター」「脳腫瘍センター」「MVD(微小血管減圧術)センター」「神経内視鏡・下垂体センター」「ガンマナイフセンター」「脊椎脊髄・末梢神経センター」などを設けてきた。院内には循環器内科や消化器内科、整形外科、耳鼻咽喉科、呼吸器内科も併設し、他の診療科と連携しながらチーム医療にも取り組んでいる。
「脊椎脊髄・末梢神経センター」のセンター長で、脳神経外科副部長を兼任する大竹医師は福島県出身。開業医だった祖父母はサナトリウムを設けて結核患者の治療に力を入れるなど地域医療に貢献。地元に感謝されるそんな祖父母の姿を見て医師を志すようになったという。
札幌医科大学に進学し脳神経外科を専攻。1分1秒を争う救急医療に関心を持ったのが脳神経外科に進んだきっかけだ。卒業後は中村記念病院に就職。
「中村記念病院は医師の数が多く、ある程度キャリアを積むと、その後はサブスペシャルに飛び抜けろという教育方針です。救急医療では多い時は1日300人を受け入れることもあります。救急の砦としての役割と次代を担う若い医師の教育に、この病院の存在意義があると思います」
脳と神経に関わるほぼ全ての疾患に対応する専門医療機関として進化を続ける中村記念病院の今後に注目していきたい。
目次へ
© 2018 Re Studio All rights reserved.