治療の優先順位を知る中で今こそ適切な検診と診療を
コロナ禍でも乳がん患者に寄り添うさっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニック

2021年3月号

コロナ禍での乳がん治療の現状を語る亀田院長

(かめだ・ひろし)1980年北海道大学医学部卒業。同大第一外科入局、小児外科・乳腺甲状腺外科の診療と研究に従事。2001年麻生乳腺甲状腺クリニック開院。17年6月に法人名・施設名を医療法人社団北つむぎ会さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニックに改称。日本乳癌学会専門医、日本外科学会専門医、日本がん治療認定医機構暫定教育医・認定医。医学博士

Medical Report

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、一般社団法人日本乳癌学会は昨年5月、乳がん治療の優先順位を示した指針(乳癌診療トリアージ)を公表した。ここでは進行と症状に合わせて高優先度から低優先度まで3段階に分け、それぞれの段階に応じた診療内容を明記している。コロナ患者を受け入れる病床が不足し医療体制が逼迫する中で、がん患者の命をどう守るかも大きな課題となっている。コロナ禍でも乳がん患者に寄り添う医療法人社団北つむぎ会「さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニック」(札幌市北区)の亀田博理事長・院長に先のトリアージに対する評価や最新の乳がん治療について訊いた。(1月22日取材)
 

マンモグラフィーによる診断画像。左側の白い部分が乳がん組織

通信大手元幹部の不動産投資詐欺を追う

野次排除事件から5年
国賠「半分勝訴」確定

原告主張は誹謗中傷 恵庭牧場
市が虐待認識を否定

道内初、ハイブリッドERを導入した札幌東徳洲会病院
3次救急に遜色ない体制で重症患者の救命率をアップ

乳癌学会が示した診療の緊急度

 
 日本乳癌学会のトリアージは欧米を参考に我が国の診療に即したものにまとめている。診療の緊急度を、生存に影響するため迅速な対応を要する「高優先度」、治療の遅れが後に生存に影響する可能性があるものを「中優先度」、パンデミック期間中は治療の延期ができる「低優先度」の3段階に分類し、それぞれの画像診断や手術、化学療法などの診療行為に対し優先順位を記している。
 例を上げると、進行した乳がんや高度の乳腺炎の診療は「高優先度」。比較的早期の乳がんは「中優先度」で、化学療法などを先行し手術の延期は可能としている。「低優先度」は乳がん検診、術後の経過観察、良性が疑われる病変の生検などだ。
 亀田院長によれば、「高優先度」は進行がんでなくても治療が1カ月遅れるとかなり進行する症例が含まれており、早期に抗がん剤やホルモン剤、免疫チェックポイント阻害剤などを使い治療を行なう。「中優先度」は放置すると症状が進行する危険性があるもの。「低優先度」は緊急性はなくパンデミックの期間中は、ある程度治療を延期することができるものだ。
 同学会は新型コロナの感染がほとんど見られず、スタッフや病床など医療資源に不足のない医療機関に対して3段階全ての診療を行なうことを推奨。一方、院内クラスターの発生などで新型コロナの対応に追われている現場については、他の医療機関へ転院させた上で「高優先度」の医療行為を行なうよう求めている。
 ただこれらの基準は、あくまでも指針であり、実際の運用は医師の判断や医療機関の方針に委ねられている。このトリアージについて亀田院長は次のように評価する。
「医療機関は常に新型コロナ感染のリスクに晒されており、そうした状況下で日本乳癌学会が治療に関する指針を出したのは時宜を得ていると思います。昨年、北海道がんセンターで院内クラスターが発生した時は、手術予定の患者を他の医療機関に転院させる措置が取られ、当院も化学療法を行なっている患者7人を引き受けました。がん治療の専門病院でクラスターが起きると、まずはコロナを封じ込めなくてはならず、化学療法を続ける患者も他病院に転院させることが必要です」
 感染症対策を徹底してきた同クリニックではこれまで新型コロナの感染者は出ていない。ただ保健所からの連絡で受診後の患者の感染が分かったり、高齢者施設の患者に同行してきた看護師が感染し、手術が1カ月半遅れるなど“ニアミス”はあったという。新型コロナがらみの受診控えやそれに伴う手術の減少で医業収入は対前年で6%ほど減った。
 亀田院長は、新型コロナに翻弄された昨年を、「6月から8月にかけて検診に来る患者が減少し、12月からこの1月も同様の傾向が続いています」と振り返ったうえで、「このような受診抑制が1、2年続くと大変なことになるのではないか。検診が遅れたため症状が深刻化するケースが増えている気配もある。何か自覚症状があれば、まずは専門医を訪ねてほしい」と警鐘を鳴らしている。
 

感染対策に万全を期しこれまで院内からコロナ患者は出ていない

分子標的薬オラパリブ※画像はアストロゼネカ社のホームページより

感染対策に万全を期しこれまで院内からコロナ患者は出ていない

マンモグラフィーによる診断画像。左側の白い部分が乳がん組織

分子標的薬オラパリブ※画像はアストロゼネカ社のホームページより

コロナに翻弄される医療体制

 
 新型コロナをめぐっては重症患者が増え続け、対応病床の逼迫が課題となっている。このため医療機関では、新型コロナを患者を受け入れるため苦肉の策が続いている。
 国内有数のがん専門病院「がん研有明病院」(東京)が、がん病棟40床を新型コロナ対応(20床)に切り替えたのもその一例。市立札幌病院もコロナ患者が入院できる病床を当初の8床から110床に増床。医師などスタッフの約半数をそちらに移行したため、一時は外来診療の中止に追い込まれた。
 こうした中で、政府は感染症の改正案を検討している。国や都道府県が医療機関に病床の確保を勧告し、正当な理由がなく従わなかったら医療機関名を公表するという。これに対し、日本医師会などは慎重な運用を求めている。このような事態を招いた背景には何があるのだろうか。
「ひとつは、我が国では医療を急性期と慢性期に分け連続性をなくしてしまったためだと思います。慢性期の療養型病床中心の病院では急性期対応の病床を少し確保している場合もありますが、感染症を診る体制はもともとない。急性期病院もぎりぎりの人員体制でやっている。そういうところで新型コロナに感染した患者を受け入れるとなったら、医師ら医療スタッフ全てを投入しないと対応できない状況です」(亀田院長)
 新型コロナで肺炎になった重症患者を治療する、体外式膜型人工肺(ECМO)を扱える医師などの育成もなかなか進まない。ECМOを使うと、低下した肺の機能を休ませながら血液中に酸素を送り込むことができる。血液から二酸化炭素を除去し、酸素を加えて体内に戻し肺の機能を改善する仕組みで重症患者の6割が助かるが、1台につき4、5人の医療スタッフが必要だという。
「医師を始め機器を管理するメディカルスタッフや看護師、助手など人手は通常の診療の3倍かかります。札幌市内でECМOを扱える医療機関は大学病院、救急部のある大病院などに限られており、仮にベッドはあっても医療スタッフや受け入れ体制を考えると感染症については脆弱な状況です」
 さらに、亀田院長は新型コロナの感染拡大を防げなかった要因のひとつとして、公衆衛生を担う保健所の削減を上げている。現在、札幌市には保健所が1カ所しかないが、かつては各区に保健所が置かれ専任の医師が所長を務めていた。それが、地域保健法の制定により保健所はひとつに集約された。各区の保健所は保健センターとなり医師は常駐していない。
「市内各区に保健所があれば、十分なマンパワーでPCR検査を迅速に行ない、濃厚接触者の追跡など今より適切な対応ができたはずです。現在の混乱は公衆衛生を軽んじてきたツケが回ってきたのではないか。新型コロナの脅威に臨機応変に対応できる体制を整備しなければならないことがを突き付けられています」
 ただ日本は欧米などに比べ感染者はかなり少ない。それについては、「日本では過去にさまざまなコロナウイルスに感染した人が多く、新型コロナに対しても体内の交差免疫(交差反応)が働いたのではないか。もうひとつはマスクで感染を防御する習慣が定着したことでしょう」との見解だ。
 

適用範囲が広がった遺伝子検査

 
 最新の乳がん治療についても解説いただいた。近年のトピックのひとつに「BRCA1」「BRCA2」というがん抑制遺伝子の変異により発症する原発性乳がんの遺伝子検査が昨年4月に保険収載されたことがある。それまでは卵巣がんや再発乳がんですでに認められていたが、新規に若年性乳がん、60歳以下のトリプルネガティブ乳がん、両側乳がん、男性乳がん、第3度近親者内の乳がんが保険適用となった。保険で原発性乳がんにも遺伝子検査が可能になった意義は小さくない。
 BRCA1と2はDNAに損傷が起きた場合、それを修復しがん化を防ぐ。だが、これらの抑制遺伝子に変異(異常)があるとDNAの修復がうまくいかず、乳がんや卵巣がんを発症しやすいと考えられている。これらのがんは優性遺伝するため「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」(HBOC)と呼ばれている。
 検査は2つの遺伝子配列と変異を検出して乳がんなどへのかかりやすさを調べる血液検査で米国・ミリアド社が特許を持っている。
「ミリアド社は遺伝子に異常があった場合、照らし合わせるデータベースを10万件ほど保有しています。遺伝性のBRCA1なら46~87%が乳がんになり、39~63%は卵巣がん。BRCA2では乳がんが38~84%、卵巣がんは16.5~27%とされています。それ以外にも前立腺がん、男性乳がん、膵臓がん、スキルス性の胃がんなどが増加する傾向があります」
 検査費用は自費なら20万円だが保険適用で6万円程度。同クリニックでは昨年7月以降、再発乳がんや両側乳癌など条件に該当する患者12人を検査し、うちひとりが陽性だった。
「患者のひとりは分子標的薬のオラパリブを使うためコンパニオン診断(治療薬の効果が期待できるか調べる診断)で検査を受けました。オラパリブは英国製の経口薬で、がん細胞の増殖に必要なDNAの修復を妨げることで、がん細胞の死滅を誘導します。2018年7月に遺伝性の乳がん、卵巣がんに使用が承認され、治療を受けるには遺伝子検査でBRCA1/2遺伝子変異があると診断を受ける必要があります」
 米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーはこの遺伝子検査を受け変異が見つかり、両側乳房を切除再建。すでに6人の子供がいたため、卵巣も全摘し、ホルモン補充療法を受けている。
「遺伝子検査はある意味で朗報ですが、遺伝性の体質だと知った患者の中には家族にどう伝えるか悩む人もいます。陽性と判定された人は北大病院や北海道がんセンターなどでカウンセリングを受けてもらうことが必須です。遺伝性乳がん卵巣がん症候群は優性遺伝なので、2対1の割合で子どもに伝わります。子孫を含めて前向きに生きてもらうためにもカウンセリングは有用です。ただ、近い将来には遺伝子変異を修復するような遺伝子工学やゲノム医療が出てくる可能性は大いにあります。遺伝子の不具合を修復したり悪い遺伝子をロックする治療が生まれるかもしれません。
 このコロナ禍の中で何かと不安を抱える乳がんの患者さんが多くなっています。そういった場合は、患者会を利用するなどひとりで抱え込まないことが大事です。当院としても少しでも患者さんの不安を取り除いていきたい」(亀田院長)
 


医療法人社団北つむぎ会
さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニック
札幌市北区北38 条西8丁目
TEL:011-709-3700
HP:http://www.asabu.com

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