注目される「術前の抗がん剤治療」何より大切な早期検診と確定診断
さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニックに「乳がん治療」の最前線と対応法を訊く
乳がん治療の最前線を説明する亀田院長
(かめだ・ひろし)1980年北海道大学医学部卒業。同大第一外科入局、小児外科・乳腺甲状腺外科の診療と研究に従事。2001年麻生乳腺甲状腺クリニック開院。17年6月に法人名・施設名を医療法人社団北つむぎ会さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニックに改称。日本乳癌学会専門医、日本外科学会専門医、日本がん治療認定医機構暫定教育医・認定医。医学博士
Medical Report
日本人女性の11人に1人が発症すると言われる乳がんだが、治療法の進歩などから現在では早期発見なら9割は克服できるとされている。ただ欧米では患者数、死亡者数ともに減っているのに対し、我が国では依然増加傾向。30歳から64歳までの女性の間で死亡原因のトップになっているのが現状だ。そもそもこの乳がんとは、どのような病気なのか──。
医療法人社団北つむぎ会「さっぽろ麻生乳腺甲状腺クリニック」(札幌市北区)の亀田博院長・理事長に乳がんのタイプに合った治療法、国内における最新の治療トレンド、そして検診の重要性について訊いた。(12月20日取材)
マンモグラフィーによる診断画像。左側の白い部分が乳がん組織
期待される免疫チェックポイント阻害剤『テセントリク』※画像は中外製薬のホームページより
同クリニックが導入しているマンモグラフィー装置
治療方法が進化しても乳がん患者は増加傾向
国立がん研究センターの予測では、2019年の乳がん患者は9万2200人(18年予測は8万6500人)。このうち死亡者数は1万5100人(18年予測は1万4800人)で患者数、死亡者数とも増加傾向。発症のピークは閉経前後の40代から50代だが、若年層や高齢者にも少なくない。
「例えば初潮が早く閉経が遅い人。あるいはずっと妊娠してこなかった、もしくは妊娠が遅かった人。こういう方たちは、女性ホルモンの影響を長く受けてきたことになり、ホルモン由来の乳がんのリスクが高くなリます」
取材冒頭、亀田博院長は乳がん発症のリスクのひとつをこう説明する。
そのほかの発症原因には何があるのだろうか。
「遺伝性の乳がんもありますが、患者数が増えている背景のひとつに考えられているのが食生活の変化です。昔の日本人は魚と野菜ばかり食べていた。しかし、現代人は肉や乳製品を多く摂るようになってきています。乳がん発生とどのような因果関係があるのか、まだはっきりとは分かっていませんが、これはがん全般に言える傾向です」(亀田院長)
乳がんには乳管の上皮細胞にできる乳管がんと、乳汁を分泌する腺房が集まった小葉がんがあり、患者の9割が乳管がんだ。
一方、乳管や小葉内に溜まり血管やリンパ管に浸潤していないものを非浸潤性がん。間質へと浸潤し血管やリンパ管から血液に乗り、リンパ節や骨、肺、脳に転移する可能性のあるものを浸潤性がんと呼ぶ。この中で臨床的にはがん細胞の増殖が大人しいか活発か、ホルモンの受容体やがん細胞の増殖に関わるたんぱく質・HER2(ハーツー)が陰性か陽性か、がん細胞の増殖能力が高いかどうかにより次の5つ(サブタイプ)に分類される。
①ルミナルAタイプ=ホルモン療法が効き、がん細胞の増殖能力が低い。②ルミナルBタイプ=ホルモン療法が効くが、がん細胞の増殖能力が高い。③ルミナルタイプとHER2タイプ陽性とを併せ持ったタイプ=ホルモン療法や分子標的薬などが有効。④HER2陽性タイプ=分子標的薬などが有効。⑤ホルモン受容体もHER2も陰性のトリプルネガティブタイプ。
日本人の乳がんは、①と②の女性ホルモンが増殖に深く関わるルミナルタイプが多く、ホルモンの働きを抑制したりホルモンレベルを下げるホルモン療法が多く用いられる。③と④のHER2が過剰な陽性タイプの治療には、がん細胞にある特有の分子を狙い撃ちする先述の分子標的薬、ハーセプチンといったさまざまな薬も出てきた。
ただ、悪性度が高く若年層に多い⑤のトリプルネガティブ乳がんに関しては、ホルモン療法もハーセプチンも効果がないとされ、これまで再発・進行した場合は抗がん剤治療しか選択肢がなかったのが実情だ。
最新のエコー(超音波)検査装置も完備
マンモグラフィーによる診断画像。左側の白い部分が乳がん組織
期待される免疫チェックポイント阻害剤『テセントリク』※画像は中外製薬のホームページより
同クリニックが導入しているマンモグラフィー装置
最新のエコー(超音波)検査装置も完備
どんなに腫瘍が小さくても「手術前に薬で叩く」流れに
だが、一方で亀田院長は、新たな治療のトレンドが生まれており治療の幅は広がりつつあると指摘する。
「最近のことですが、再発したトリプルネガティブタイプなどで、がん抑制遺伝子であるBRCA1とBRCA2の変異で起こる遺伝性の乳がんに対してPARP阻害剤、さらには昨年12月に保険収載されたばかりの免疫チェックポイント阻害剤『テセントリク』などが使われるようになってきました」
注目されるのは、2019年7月中旬に開催された第27回乳癌学会学術総会でのトピックだ。ドイツから招待された著名な乳がん研究者シビ・ロイブル(Sibylle Loibl)教授が講演の中で、「HER2陽性」の治療に対して、どんなに腫瘍が小さくても手術の前に抗がん剤やハーセプチンを使うべきと主張し、関係者に軽い驚きを与えたのだ。
「参加した日本人医師の9割以上が『まず手術をします』という立場でしたが、シビ・ロイブル先生は『私は手術前にハーセプチンで治療します』と断言しました。最初にハーセプチンを使うことで腫瘍が縮小し、こちらの方の予後が良いし、反応性もわかる。だから最初から使うべきだという主張です。
日本では、リンパ節転移が認められ、あるいはその疑いのあるトリプルネガティブとHER2陽性について抗がん剤やハーセプチンを使うことが標準治療ですが、これからは手術前にそれらを使う時代になりつつあると痛感しました」
トリプルネガティブタイプは乳がん全体の15%ほどを占める。女性ホルモンにより増殖する性質を持たず、がん細胞の増殖に関わるHER2タンパクやHER2遺伝子を過剰に持たない特徴がある。このため、ホルモン療法やHER2を標的とした分子標的薬は使わず抗がん剤治療を中心に行なわれてきた。
マンモとエコーの併用でがんを見落とさない検診
乳がんが疑われる時は、乳房を装置に挟み圧迫してX線撮影するマンモグラフィーや超音波を利用するエコー検診を行なう。
自治体の検診ではマンモ検診が基本だが、乳腺が発達している高濃度乳房の人はしこりが見えにくい。このため、がんを見逃す可能性が高く医療被曝のリスクも指摘される。
一方、エコー検診は高濃度乳房の影響を受けないため検診の安全性が高く、医療被曝の心配もないことから高濃度乳房の影響を受けやすい若年層でも安心して検診を受けられるメリットがある。
東北大学や全国対がん協会が2007年から11年まで実施した大規模調査「J‐START」によると、マンモとエコーを併用したグループで早期乳がんの発見率がマンモ単独の1・5倍になることが報告されている。
「J‐STARTから分かったのは、マンモだけに頼っていては見落とすことが多いということです。乳がんの怖さは骨や脳への転移が多いこと。特にHER2タイプは脳への転移が少なくない。近親者に乳がんの方がいるなどハイリスクな方は早めの検診をお勧めします」
診断が付いたら、がんが乳腺の中でどの程度広がっているか、遠隔臓器に転移していないかなどについて検査を行なう。乳房のしこりの大きさや乳腺の領域にあるリンパ節転移の有無や遠隔移転の有無により5段階の病期(ステージ)に分類され、ステージにより治療法が変わる。
病期はⅠ期からⅣ期まである。I期はがんの大きさが2センチ以下で、再発する人は2%程度に留まる。ⅡA期は腫瘍の大きさが2センチより少なく脇の下のリンパ節への転移があるか、あるいは、腫瘍の大きさが2センチ以上5センチ以下の時。ⅡB期は腫瘍の大きさが2センチより大きく5センチ以下で、腋の下のリンパ節転移がある時だ。
ⅢAは腫瘍が5センチより大きくリンパ節転移があるか、リンパ節転移が高度な時。ⅢB期は腫瘍が皮膚から露出したり、胸の筋肉に広がった状態を指す。ⅢC期は鎖骨の近くにリンパ節転移がある場合。Ⅳ期はすでに遠隔転移が認められている状態を指す。
「乳がんは圧倒的に早期発見率が高くなり、Ⅰ期で見つかる人が増えています。以前は病期Ⅰでは7~8%が再発していましたが、現在は1~2%なのですごい進歩と言えるでしょう。こうした検診で発見される乳がんは腫瘍の小さい人が多い。40歳からの人が2年に一度検診してもメリットはあると思いますが、どうしても被曝を不安視する方にはエコーを勧めています」
同クリニックでは、乳房を多方向から撮影し立体的に再構成する3Dマンモグラフィーによる断層撮影やエラストグラフィ(超音波組織弾性影像法)を搭載した最新のエコーを導入。エコーは安全性が高いが、画像の読影が難しく要検査率が高くなるなどの課題があった。しかし、このエラストグラフィは、がん組織が良性の腫瘍に比べ硬い事に着目。超音波でしこりの硬さを検出し画像化するため、より正式な診断が可能になった。
乳がんを早期発見するには、日ごろのセルフチェックも欠かせない。胸の違和感に気付いた時は、早めに専門医療機関を訪れることをお勧めしたい。
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