多くのカップルに朗報をもたらすカレスサッポロの“生殖医療”とは

2018年1月号

ふじい・みほ 1953年札幌市出身。81年札幌医科大学医学部卒業、同年4月同医科大学附属病院産婦人科勤務。82年同大学院医学研究科入学、86年終了。留萌市立病院産婦人科、道立江差病院産婦人科医長、札幌医科大学医学部助手、講師などを経て2005年カレスアライアンス天使病院婦人科科長、札幌医科大学医学部臨床教授、07年カレスサッポロ時計台記念病院女性総合診療センター長。医学博士、日本産婦人科学会専門医・指導医、日本臨床細胞学会専門医、日本医師会認定産業医

子どもができない、いわゆる不妊症に悩むカップルは、かつて10組に1組と言われていたが、近年は5、6組に1組と増加傾向にあるという。原因は排卵障害、卵管障害、精子の問題など男女共にあり、女性は年齢が高くなるほど妊娠、出産におけるリスクが高まる。しかし、その一方で生殖医療の技術は日進月歩で、安全かつ高度な不妊治療を提供できるようにもなってきた。この中で多くの患者から頼りにされているのが、社会医療法人社団カレスサッポロ(大城辰美理事長)が運営する時計台記念病院の女性総合診療センターだ。同センター長で道内における不妊治療の第一人者として知られる藤井美穂医師に最新の治療と留意点を取材した。

「高齢出産でも大丈夫」と思い込むのは大間違い

「不妊」とは、子どもの誕生を望むカップルが避妊をしていないのに一定期間妊娠しない状態を指す。日本産婦人科学会は2015年にこの定義の期間を従来の「2年」から「1年」に短縮した。女性が妊娠する確率は30代前半から低下し始め、出産年齢にはリミットがあるため早期に適切な不妊治療につなげる狙いがある。
 厚労省の人口動態統計(2015年版)によると、第一子出生時の母親の平均年齢は30・7歳。20代での出産は減少し、35歳から40歳以上の出産は増加傾向にある。
 背景にあるのが、女性の社会進出に伴う晩婚化などライフスタイルの変化だ。だが、この流れに時計台記念病院女性総合診療センターの藤井美穂センター長は警鐘を鳴らす。
「芸能人が高齢出産するニュースがときおり話題になりますが、それを聞いて『私も大丈夫』と思うのは大間違いです。年齢が高くなるほど受精卵の染色体異常が増え、流産や不妊の原因になります」
 まずは同センターの不妊治療の流れを説明しよう。ここの生殖医療外来は一般不妊治療から体外受精、顕微授精といった高度生殖医療まで対応しているのが大きな特徴だ。受診後は約1カ月かけて不妊の原因を調べ、一般不妊治療から開始し、高度生殖医療に続く。もちろん原因によっては最初から高度生殖医療を選択する症例もある。
 不妊の原因は女性側と男性側が半々と言われる。女性側の原因には排卵障害、卵管障害などがある。男性側には精子を作ることのできない無精子症、精子はあるが運動能力がなかったり精子の奇形率が高いなどの原因がある。
 一般不妊治療には、基礎体温表や超音波などで排卵日を予測し、それに合わせて夫婦生活を営むよう指導する「タイミング法」、排卵に障害がある場合に排卵誘発剤を使って排卵を促がすホルモン療法、排卵予測日に男性の精液を子宮に注入する人工授精がある。
 ただし排卵誘発剤は卵巣を刺激するため、一度に複数の排卵が起こることもあり多胎妊娠のリスクが生まれる。またこの排卵誘発剤を使うことで卵巣から出る女性ホルモンの血中濃度が高くなるため、血液濃縮が起こり脳梗塞などを引き起こす恐れもあるので、特に多嚢胞卵巣症候群などでは注意が必要だ。
 人工授精は採取した精子を、雑菌などを取り除いてから子宮内に注入する方法で、受精、着床、妊娠のプロセスは自然妊娠と変わりないが、成功率は18%程度と低い。一定期間、一般不妊治療を行なっても、妊娠しない場合は体外受精、顕微授精など高度生殖医療の対象になる。

社会医療法人 社団 カレスサッポロ時計台記念病院 女性総合診療センター
札幌市中央区北1条東1丁目2の3 ☎011-251-1221

発育卵胞に穿刺して卵子を採取する藤井センター長

顕微授精では、細いガラスの針で1つの卵子に1匹の精子を注入して受精させる

顕微授精を行なう装置(倒立顕微鏡)

受精した胚は、分割しながら胎児に発育する細胞塊と栄養細胞になる細胞群に分かれた「胚盤胞」に発育する

一般待合室とは別に設けられている女性総合診療センターの外来待合室

院内の不妊カウンセラーが患者のメンタルケアにも対応

 高度生殖医療の内容を見てみよう。体外受精は、まず排卵誘発剤で卵巣を刺激してから子宮内の卵胞に針を刺して採卵。シャーレに入れた卵子に精子をふりかけ受精させてから受精卵を培養液内で発育させ、子宮内に胚移植するというものだ。
「人工授精の成功率が18%前後なのに対して体外受精は30%です。受精卵は2分割、4分割、8分割と分裂を続け胚盤胞にまで培養した胚を子宮に移植すると妊娠の成功率は約40%と高くなります」(藤井センター長)
 顕微授精も体外受精のひとつだが、こちらは精子数や運動率が低い場合や奇形精子が多い場合に行なう。細い針に正常形態の精子の頭を入れて、顕微鏡下で卵子に注入する方法だ。
 ここで気を付けたいのが、受精卵に一定程度の割合で認められる染色体異常だ。その発生率は20代から30代前半で約40%、40代では8割に達するという。受精卵に染色体異常があれば上手く着床しなかったり流産するケースが多い。
 このため、欧米などでは受精卵の染色体異常を調べ、異常のないものを子宮に移植する「着床前スクリーニング検査」が認められている。日本でも導入を求める声があるが、日本産婦人科学会は「命の選別」につながる恐れがあるとして、適応は重い遺伝病がある場合、登録認定施設などに限定して認可している。
 この高度生殖医療をめぐっては、未婚女性が将来妊娠するため卵子を液体窒素の中で凍結保存する方法が注目を集めている。
 藤井センター長は「私は、がんなどの病気治療を本人が行なっているなど医学的理由がある卵凍結には賛成の立場で、当センターでも近く実施したいと思っています。ただ、未婚の女性などが妊娠、出産を先送りするための社会的凍結保存には反対です」と話す。
 先述の通り、女性は年齢が高くなるほど妊娠、出産のリスクが高くなる。この現実を踏まえて藤井センター長は、「凍結保存よりも、女性がキャリアを継続しながら子供を生める環境を社会がつくることが先決です。国や自治体は健康保険が適用されない高度生殖医療に助成をしていますが、若いうちに子供を生み育てることができれば不妊治療に多額の費用をかけなくても済むはずです」と指摘する。
 不妊治療は多くの場合、治療が長期間にわたるなど心身に与える負担が大きく、高度生殖医療ともなれば治療費も高額だ。「これほど苦しんでいるのに、なぜ妊娠できないのか」と思い詰めて心のバランスを崩す女性も少なくない。このため、同センターでは不妊カウンセラーが患者の悩みに対応している。
「治療を続けても上手くいかない。周囲からの目に見えないプレッシャーや声なき声を感じ自分を追い込んでしまうのです。現場では私たち医師が正しい医療の知識や理論を説明することで現実を伝えます」(藤井センター長)
 この中で、カウンセラーが「一旦治療を中止しリラックスしましょう」とアドバイスすることもあるという。

社会医療法人 社団 カレスサッポロ時計台記念病院 女性総合診療センター
札幌市中央区北1条東1丁目2の3 ☎011-251-1221

発育卵胞に穿刺して卵子を採取する藤井センター長

顕微授精では、細いガラスの針で1つの卵子に1匹の精子を注入して受精させる

顕微授精を行なう装置(倒立顕微鏡)

受精した胚は、分割しながら胎児に発育する細胞塊と栄養細胞になる細胞群に分かれた「胚盤胞」に発育する

一般待合室とは別に設けられている女性総合診療センターの外来待合室

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女性泌尿器科でも最新治療ハンディを持つ人にも希望を

 文字通り不妊治療の一大拠点である同センターだが、このほか婦人科領域でも良性疾患、悪性疾患、骨盤臓器脱など小児・思春期から更年期、更年期以後の全ての年代の女性に対する幅広い診療を女性医師たちが中心となって行なっている。
 藤井センター長は産婦人科を専門としつつ、女性泌尿器科(ウロギネコロジー)領域の権威として知られる。2005年には、加齢や出産により子宮や膀胱、直腸などの臓器が膣の中に落ち込み、外に飛び出す「骨盤臓器脱」の治療にメッシュを骨盤の中に入れる手術を北海道に初めて導入。2011年には腹腔鏡を使った「腹腔鏡下仙骨膣固定術」を日本で2番目に始めるなど常に最新の医療を導入してきた。
 不妊治療の分野では、近年注目されている「子宮内フローラ(細菌叢)」に着目。子宮はこれまで無菌だとされていたが、近年は子宮内にもラクトバチルスなどの善玉菌が存在することが分かった。子宮内フローラが乱れて悪玉菌が増加すると、子宮内膜で免疫が活性化し、対外受精をしても着床障害が起きやすくなることが指摘されており、同センターでは一般細菌培養と次世代シーケンサーを使った遺伝子解析を同時に行なっている。
 藤井センター長によると、培養で細菌が検出されなくても細菌DNA解析で検出されるケースもあるという。こうした場合は、抗炎症剤を投与することで着床率が上げる可能性があるとのことだ。
 また、不妊症の原因のひとつに、細菌やウィルスなどの異物を排除する免疫細胞「NK細胞」が受精卵を異物と勘違いし攻撃する「NK活性」がある。NK活性が強いと妊娠しにくいため、NK活性を正常化する薬を処方することになる。
 時計台記念病院女性総合診療センターでは、染色体の異常が原因で低身長や女性ホルモンが不足するターナー症候群の女児の移行医療にも取り組んでいる。
「ターナー症候群は低身長のため成長ホルモンを投与します。18歳までは小児科で、それを過ぎると産婦人科が対応しますが、その過程で患者を上手く引き渡すのが移行医療です。このハンディキャップを持つ女性は年齢とともに卵巣がどんどん萎縮しますが、萎縮する前に正常な卵や卵巣を凍結しておけば、将来妊娠することも可能な場合があります」
 多くのカップルに朗報をもたらし、さらにはハンディキャップを持つ人の生殖医療にも意欲を見せる藤井センター長。時計台記念病院の女性総合診療センターの今後の活動に注目していきたい。

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