不登校・ひきこもり支援の野村俊幸さんが函館で講演
「行けない」から己の意志で「行かない」ことで得る元気

2026年10月号

親とソーシャルワーカーの立場から講演した野村さん

不登校で「あえて行かない」選択肢


星槎国際高校本部校が主催する「不登校を考えるオープンセミナー」が8月20日、函館市民会館であり、道南で不登校・ひきこもり支援に取り組む野村俊幸さん(76)が「不登校の理解と関わり方」と題して講演した。不登校を経験した2人の娘の親でソーシャルワーカーでもある野村さんは、「『行けない』不登校から子供が自分の意志で『行かない』不登校に切り替えることで本人が元気になる。いろんな道があるので、学校復帰を目的としないことが大切」と訴えた。当日の講演要旨を紹介する。
(武智敦子)

2人の娘が不登校を経験


 野村俊幸さんは元道庁職員。社会福祉士、精神保健福祉士の資格を持ち、児童福祉や精神保健福祉業務に長く従事した。退職後は専門学校講師や北海道教育大学函館校非常勤講師、はこだて若者サポートステーションの相談員などを務め、家族会の「道南ひきこもり家族交流会『あさがお』」の事務局や「不登校・発達障害を考える保護者会函館アカシヤ」などの活動に関わっている。
 自身の長女(51)が不登校になったのは中学2年の時。登校しようとすると玄関先で動けなくなり、トイレに駆け込み嘔吐する状態が続いた。登校させようとすればするほど体調は悪化。野村さんは、高校受験ができなくなると心配して中学3年を留年させた。これが本人をさらに追い詰めることになり昼夜が逆転、外出が困難になるなど生活はボロボロになった。
「ひきこもり状態になった長女がメンタルクリニックを受診したことで、私はようやく自分の対応の誤りに気がつきました。妻はだいぶ前に理解し対応を変えていたので長女との関係は早めに回復していた」
 高校進学へのこだわりを捨て、不登校を受け入れると長女は元気を取り戻した。通信制の道立有朋高校に入学し、5年かけて卒業。就職後、間もなく結婚し3人の子供の母親となった。
 次女は(41)は小学校4年の時に長女と同じ状態になった。明るく元気で友達もたくさんいたので、不登校になった原因は思い当たらなかった。だが、長女の時の反省があったので家でゆっくり休ませた。学校からの働きかけも辞退すると、2カ月ほどで身体症状は消えた。家では勉強はせず、漫画を読んだりテレビ、ゲームで過ごし、放課後に他の子供たちが帰ってくる時間になると友達と遊んでいた。
 6年生の時にジャズダンスを始めたことで自信を回復したのか、「中学には行く」と言う。しかし、いじめもあり登校したのは2カ月だった。次女は思ったことをはっきり口に出して言うので、周囲の女の子から「目立ちたがり屋」だといじめられていたからだ。

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