救急、慢性期、悪性脳腫瘍などグループの脳神経外科を底上げ
森山病院に着任した元旭川医大脳神経外科准教授・安栄良悟医師に訊く
心機一転、新しい職場で意欲を見せる安栄医師
(あんえい・りょうご)1968年北広島市出身。函館ラサール高校、旭川医大卒業。旭川医大医局、大阪国立循環器センター、鹿児島市立病院を経て旭川医大医局。同医大脳神経外科学講座准教授を経て2021年2月森山病院脳神経外科部長就任。医学博士、日本脳神経外科学会専門医・指導医。慶應義塾大学文学部通信教育課程在学中。53歳
Medical Report
旭川医大脳神経外科准教授を務めていた安栄良悟医師(53)と医局の同僚医師が今年2月、社会医療法人元生会(旭川・森山領理事長)が運営する森山病院(232床)に着任し、大きな戦力となっている。昨年11月下旬にJR旭川駅近くの北彩都地区に新築移転した同病院における救急医療の強化をはじめ、慢性期主体の森山メモリアル病院(108床)に脳神経外科医を振り向けることが可能になるなど、2人の着任は森山グループの脳神経外科領域に大きく寄与している。道内における悪性脳腫瘍治療の第一人者でもある安栄医師、そしてまたとない人材を得て期待を寄せる森山理事長に今後の抱負を訊いた。(5月26日取材)
地域を救急医療で下支え
「民間の医療機関ならではのフットワークの良さを感じています」
こう話す安栄良悟医師は旭川医大脳神経外科学講座の准教授の職を辞し、後輩の上森元気医師(39)と共に2月1日付で森山病院に脳神経外科部長として着任。専門領域のひとつは希少ガンのひとつとされる悪性脳腫瘍で、旭川医大ではこれまで400例近くの手術を手掛けてきた。
冒頭の森山病院のフットワークの良さは着任間もなく体験した。悪性脳腫瘍で通院していた患者から病院にSOSがあり、尿を出すシステムにトラブルが起き来院できる状況ではないということだった。すぐさま看護師が治療に必要なツールをひとつにまとめ看護部長が往診の車を手配。そのスピーディーな対応に舌を巻いた。
「即座に往診できるシステムは公的病院では考えられないこと。スタッフが同じ目線で話せる体制ができているからだと感じました」
その森山病院は昨年11月24日にJR旭川駅南口から徒歩5分圏内の北彩都地区に新築移転。新病棟は内科、外科、整形外科、脳神経外科、形成外科、泌尿器科、眼科、耳鼻咽喉科、麻酔科、リハビリテーション科など17診療科を標榜。旭川医大や旭川赤十字病院など公的4医療機関に次ぎ年間約1500件の救急搬送を受け入れてきた実績を踏まえ、救急外来専門のエリアも拡大した。
昨年11月と12月には旭川市内の複数の基幹病院で新型コロナのクラスターが発生し、地域の救急医療が逼迫する事態となったが、同病院は外傷や脳卒中の救急患者を受け入れ続けてきた。
この間の経緯について森山領理事長は次のように語る。
「新型コロナ以外の救急を担っていかないと旭川の救急医療は崩壊してしまう。そういう事態だけは何としても防ぎたかった。結果的に2020年の救急受け入れ要請は前年比1・5倍の約2700件となり、増え続けるニーズに対応するためにも安栄先生らの力が必要でした」
同病院のこのような取り組みは高く評価され、救急医療功績者として知事から贈られる2020年の「北海道社会貢献賞」を受賞している。
これまで同病院の脳神経外科では専門医3人が勤務していたが、そのうちひとりがリハビリテーション専門医の資格を取得し、元生会グループの森山メモリアル病院に異動した。森山メモリアル病院は、1956年に全国初のリハビリ専門病院として開業した旭町分院が始まりで、現在は脳梗塞や骨折などで日常生活の維持が困難になった患者のリハビリを中心とした入院・外来治療のほかに、在宅医療や在宅リハビリにも対応している。こうした中で森山病院の脳神経外科は安栄医師ら2人を迎え4人体制となり、念願である救急部の開設に一歩近づいた。
「脳の病気で大切なのは治療を受けた後です。市内には脳神経外科分野で救急を受け入れる医療機関もあるが、急性期が終わると病院を出なければならない。歩けない、話せないなど身体機能を回復させるためには、在宅に至るまでケアしなければならない。今回、安栄先生と上森先生の着任により森山病院における急性期・救急部門の対応がいっそう整い、メモリアル病院もリハビリ体制がより強化されました」(森山理事長)
悪性脳腫瘍のレントゲン写真
悪性脳腫瘍の脳内の3D画像
安栄医師と共に着任した上森医師
森山理事長(右)と安栄医師(地域FM「りべーる」のスタジオで)
悪性脳腫瘍のレントゲン写真
悪性脳腫瘍の脳内の3D画像
安栄医師と共に着任した上森医師
森山理事長(右)と安栄医師(地域FM「りべーる」のスタジオで)
難治性の悪性脳腫瘍に挑戦
安栄医師は北広島市出身。函館ラサール高校時代、授業でアフリカの飢餓を救済するため米国の著名アーティストが結集して歌った「ウィ・アー・ザ・ワールド」のビデオを見て魂が震えるほど感動。これを機に人に奉仕できる仕事に就きたいと医師を志したという。
旭川医大では脳神経外科を専攻。変性疾患のパーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)、脳卒中や脳腫瘍など幅広い疾患を網羅する医療に魅力を感じた。
卒業後は旭川医大の医局に入局し、5年目以降は大阪の国立循環器センターと鹿児島市立病院でそれぞれ2年半研修を受け医師として腕を磨いた。同医大に戻った2000年頃は、がんセンターや大学病院などでがん治療を終えた患者が行き場をなくしてしまう「がん難民」が問題となっていたが、「それはないだろう」と憤りを感じた。単に病気を治すのではなく患者が最期を迎えるまでどうケアしていくかが本当の医療ではないか。そんな思いから脳のがんである悪性脳腫瘍や転移性脳腫瘍の治療にのめり込んでいった。
悪性脳腫瘍は、手術法の進化などにより脳の機能をある程度温存しながら腫瘍を切除することができるようになったが、難治性の病気であることには変わりない。医療機関の多い旭川市内でも悪性脳腫瘍の患者を受け入れてきたのは旭川医大だけ。同医大では安栄医師の努力で市内はもとより上川、オホーツク、稚内の患者にも対応するようになっていた。
良性脳腫瘍は脳を覆う髄膜や脳神経、下垂体など脳組織以外のところでほとんど発生し脳内を圧迫する。一方、悪性脳腫瘍は脳組織そのものに発生し、ジワジワと脳内に浸潤していく。代表的なのはグリオーマと呼ばれる神経膠腫(しんけいこうしゅ)で、急速に腫瘍が増大するうえ、正常組織との見分けがつきにくく再発しやすいというやっかいな病気だ。
脳腫瘍の8割が良性で悪性は2割程度。だが、最近はがん患者の長期生存が顕著になったことから、脳への転移が先に見つかってから原発巣が分かるケースも増えている。治療法では、良性は脳を傷つけないように腫瘍をはがし取るのが基本。一方、悪性は腫瘍をできるだけ広く切除しながら脳の機能を保つことができるように努めるが、浸潤度が高いため完全に切除することができない。このため術後は化学療法や放射線療法が行なわれる。この悪性脳腫瘍は大脳にできやすく、患者は中年女性のほうが若干多いとされ、小児がんでは白血病に次ぎ悪性脳腫瘍が多い。ホルモンであるエストロゲンとの関係も指摘されているが、はっきりした因果関係は不明だ。
「健康・福祉・医療」を一体化
安栄医師は毎週、火曜日と木曜日に院内で外来を担当。4月からは旭川の地元コミュニティFM「りべーる」で「あなたの街の脳かかりつけ医ホーム脳ドクター」というコーナーを担当し、レギュラー出演も始めた。毎週火曜日午前8時半からの5分間、脳の病気に関するワンポイントアドバイスを行なっている。原稿にまとめる際は分かりやすく伝わるよう心掛けているが、「5分のところが6分になるなど、まだまだです」と笑顔を見せる。
「施設整備の関係もあり、ここではまだ悪性脳腫瘍の手術はしていませんが、手術後の化学療法などは問題なく行なっています」と話す安栄医師は、難しい脳幹部の腫瘍の治療をすでに手掛けている。がん細胞が髄液の中に浮遊する形であちこちとに散らばる髄膜播種(ずいまくはしゅ)で大学病院が諦めた患者だったが、森山病院で治療を終え、元気に家へ戻った姿を忘れることができないという。
今後、森山病院は悪性脳腫瘍の治療に対応するため、術場のナビゲーションシステムの導入などを進めていく考えだ。
着任してから約5カ月、安栄医師は「自分の専門分野や救急での貢献はもちろんですが、森山病院で何ができるかを上森医師と一緒に模索している最中です。いずれにしても森山理事長が法人として“愛と誠実”という理念を掲げるこの職場は、仕事をするには理想の環境だと思います」と意欲を見せる。
これまで森山病院の脳神経外科は広く患者を診ることで周知されてきた。安栄医師と上森医師の着任はこの分野の治療を進化、レベルアップさせることは間違いない。
「兄弟のような関係」と表現する上森医師への安栄医師の温かい眼差しも印象的だ。旭川医大時代も上森医師が研修を受けられるよう手配するなど環境づくりに配慮してきたが、「彼はまだトレーニングが必要なので、そのことを考えながら日々仕事をしています」と後輩医師へのサポートを忘れない。
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