僧帽弁閉鎖不全症などに朗報。低侵襲で高精細な手術を実現
手術支援ロボット「ダヴィンチ」が札幌心臓血管クリニックで本格稼働
ダヴィンチの本場であるアメリカで修練を積んだ橋本医師
1980年フィンランド生まれ。2007年島根医科大学医学部医学科卒業後、札幌医科大学附属病院研修センターへ。同院第二外科、道立北見病院、豊見城中央病院、榊原記念病院を経て14年から札幌心臓血管クリニック勤務。心臓血管部長、低侵襲心臓手術(MICS)センター長。医学博士、日本外科学会専門医、心臓血管外科専門医、日本ステントクラフト実施基準管理委員会腹部ステントクラフト指導医、ロボット心臓手術関連学会協議会認定術者、札幌市在住。40歳
Medical Report
循環器分野で全国トップクラスの治療実績を有する医療法人札幌ハートセンター(藤田勉理事長)の札幌心臓血管クリニック(東区・85床)で手術支援ロボット「ダヴィンチ(daVinci)」の稼働が本格化している。心臓の血液が逆流する僧帽弁閉鎖不全症などの治療を身体的負担の少ない方法で行なうことができる最先端医療だ。近年、循環器分野の疾患でもダヴィンチの保険適用範囲が増え、このロボット手術が身近なものになりつつある。「より多くの人にダヴィンチによる完璧な医療を提供するためチーム力を磨いていきたい」こう意欲を語る同クリニックの責任者、橋本誠医師(40)に現状の取り組みを訊いた。(1月15日取材)
身近になった「ロボット手術」
「ダヴィンチ」は1990年代後半にアメリカで開発された手術支援ロボットだ。執刀医は手術室から離れたコンソール(操作台)と呼ばれるコックピットのような場所から3本の手術用アームとカメラ用アーム1本を遠隔操作しながら、患部の切除、縫合を行なう。手術用アームには、つまむ、切る、掻き出す、縫合するなど用途に応じて手術器具を装着できる。可動域は人間の手の動きよりも広く、これまで以上に細やかな手術が可能になった。カメラ用アームには3D内視鏡が取り付けられているため視野は広く鮮明だという。
これまで、心臓の手術は胸の真ん中を20センチほど切って心臓にアプローチする胸骨正中切開が多く行なわれてきた。視野が広く安全に手術できるが、その分感染症のリスクもあり入院期間も長かった。近年は胸骨を切開せず胸の右下を小さく切る低侵襲手術「МICS」が導入されている。МICSは肋骨や周辺の筋肉に負担をかけずに済むため合併症などのリスクも少ない。ただ小さく切開した部分から手術器具を挿入するため術野が狭く可動範囲も制限されるなどの問題点があった。
この中で札幌心臓血管クリニックの心臓血管外科部長で低侵襲心臓手術センター長も兼務する橋本誠医師は、ダヴィンチについて「МICSの弱点を補完、進歩させた手術支援ロボット」と絶賛する。
コンソールに座った執刀医は手術用アームとカメラ用アームを操作。3Dモニターで術野を見ながら患部の切除や縫合を行なうことができる。開胸手術に比べ小さな切開で済み、出血や痛みが少ない。手術用アームには関節が付いているため細かい動作が可能で、カメラ用アームもズーム機能で術野を拡大することができることから、より精緻で安全な手術につなげることができる。
国内で2018年4月に手術支援ロボットによる僧帽弁形成術と三尖弁形成術が保険収載されたことを受けて、同病院は翌19年にダヴィンチを導入。ただ使いこなすには経験と修練が求められる。低侵襲心臓手術の責任者である橋本医師は同年に米国・シカゴ大学に3カ月間留学し、ロボット手術の世界的な権威であるバルキー博士(Husam H・Balkhy,MD)の率いるチームでダヴィンチによる手術を学んできた。
このバルキー博士は、ロボット手術の中でも難易度が高い完全内視鏡下心拍動下冠動脈バイパス術(TECAB)をライフワークとし、1000症例以上の手術実績を持つエキスパートとして知られる。
「TECABはロボット手術の中でも最も難易度の高い手術で、バルキー先生は世界でも3本の指に入る方です。シカゴ大学のチームでは最高の技術を学ぶことができました。この技術を実践し、患者により良い医療を提供することが自分の使命だと考えています」と橋本医師は語る。
同クリニックでは厳しい施設認定を経て昨年2月からダヴィンチを本格稼働。昨年だけで橋本医師は僧帽弁形成術など50症例以上を手掛けてきた。この症例数は1年間のダヴィンチ手術数国内トップ4にランクされ、開始1年ながらダヴィンチ手術でも国内有数の医療機関になった。
ダヴィンチ手術では切開範囲が小さいため身体的負担が軽減される
コンソールを操作してオペを行なう橋本医師
ダヴィンチのシステム全体
「100年続く病院」を目指す藤田理事長
ダヴィンチ手術では切開範囲が小さいため身体的負担が軽減される
コンソールを操作してオペを行なう橋本医師
ダヴィンチのシステム全体
「100年続く病院」を目指す藤田理事長
究極の低侵襲でQOLを確保
橋本医師にダヴィンチを使った僧帽弁形成術について説明してもらおう。僧帽弁閉鎖不全症は心臓に4つある弁のうち、左心房と左心室の間にある僧帽弁がしっかり閉まらず、血液が心臓内で逆流して心不全を起こす。僧帽弁を支える組織が変性したり断裂したりすることで、弁がうまく閉じなくなるのが原因だという。左心室から大動脈に送られる血液の一部が左心房に逆流し息切れやむくみ、倦怠感などを引き起こす。放置すると命に関わる心不全を起こしたり、脳梗塞の原因となるような不整脈を起こす危険性もある。同じくダヴィンチ手術が適用になる三尖弁閉鎖不全症は、この僧帽弁不全症に併発することが多いという。
橋本医師は、現在のコロナ禍でこの病気の患者が感染すると重症化するリスクが高いと警鐘を鳴らす。「そういう意味でも心臓の病気はできるだけ早く見つけ、体に負担の少ない治療をしたいと思います」
治療の選択肢として人工弁置換術もあるが、多くは悪くなった僧帽弁を自分の弁で修復する僧帽弁形成術を行なう。同病院では基本的に僧帽弁形成術を全てダヴィンチ手術で対応しているが、例外もある。「合併疾患を持っておられる患者さんの場合などでは、特殊な治療が必要になるため手術時間が長くなる。ロボット手術では長時間のオペは好ましくないので、そういう時は胸を開ける選択をすることもあります」
手術は事前に心筋保護液を注入し心臓の動きを止め、人工心肺装置で血流の動きを確保した上で行なう。皮膚切開の位置は従来のМICSと同じで、3~4センチほどの切開を1カ所、1~2センチの切開を数カ所行なう。通常のМICSは切開の大きさは5~6センチだが、ダヴィンチ手術の傷口はさらに小さくて済む。あとは心臓にアクセスし、閉まりの悪くなった僧帽弁を切り取り、残った部分と縫い合わせ、最後に人工弁輪(弁の外周部分に縫着する補強材料)を取り付ける。
胸骨を切らないため身体的負担が少なく、手術に翌日から歩行と食事ができリハビリも開始する。術後2日目には点滴などの管を抜き、術後4~5日で退院できる。
「ダヴィンチ手術は80歳以上の高齢者に適用しない医療機関が多いが、僕はむしろ逆にすべきと考えています。高齢者が胸骨を切る手術を行なうと感染症のリスクが高くなり、50人にひとりは感染するというデータもあるほどです。その点、ダヴィンチによる手術では感染症はほぼないとされており、傷の心配もなくQOLもよい。私たちは年齢を問わずにダヴィンチを使っています。昨年暮れには80代後半の患者さんを手術しましたが、1週間で歩いて帰宅されました」
ただダヴィンチにもデメリットはある。人間の手技より繊細な動きができるが、アームには触覚がないため組織や臓器にかかる負荷や糸を結ぶ際の力加減の調整が難しい。また執刀医は患者から離れたコンソールでアームを操作しながら、ベッドサイドの助手の医師や麻酔科医、看護師らスタッフに指示を出さなければならない。このため執刀医は常に手術場を観察しながらさまざまな情報を得る必要がある。
僧帽弁閉鎖不全症の手術費用は入院費などを含め300万円ほどだが、保険適用のため高額療養費制度を使えば7万円から14万円程度。今のところ心臓血管分野での保険適用対象は、先述のように僧帽弁閉鎖不全症と三尖弁閉鎖不全症に対する弁形成術がメインだが、将来的には一部の先天性心疾患や心臓腫瘍に適応される可能性もある。
橋本医師は2007年に島根医科大学医学部医学科卒業。札幌医科大学附属病院研修センター、同院第2外科、道立北見病院などを経て14年から札幌心臓血管クリニックに勤務している。その橋本医師は、以前に勤務していた民間病院で先輩医師が低侵襲手術、МICSを行なうのを見て衝撃を受けたという。
「患者にとり心臓の手術は身体的負担が大きく怖いものです。その点、МICSなら小さな傷なので出血量も少なく術後の回復も早い。当時は自分がこの手術を行なうようになるとは夢にも思わなかった」と振り返る。
縁あって札幌心臓血管クリニックに勤務するようになって足掛け7年。МICS、さらにはダヴィンチ手術を率いる低侵襲心臓手術センター長としての目標を次のように語る。
「ここを東北以北の心臓病患者がロボット手術を受けに来る病院にし、自身は手術をしてもらいたいと言われる外科医になりたい。安全な医療を提供するには、ロボット手術に慣れた術者とチームの育成が必要不可欠です。症例数を増やしながらチーム力を磨き、より多くの患者に完璧な医療を提供していきたい」
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