優生思想の罪、法廷へ〈9〉 
非情の札幌地裁

2021年03月号

国内4例めの判決で地元の裁判所は、先行する道外3地裁と同じく請求棄却を言い渡した(1月15日午後、札幌地方裁判所前)

強制不妊、違憲判断は一歩前進。中絶訴訟では「最低最悪」判決

「原告の請求を棄却する」――。世紀を跨いだ被害の訴えに、司法は耳を塞いだのか、あるいはもとより聴く耳を持たなかったのか。旧優生保護法下で不妊・中絶を強いられた人たちが国を訴えた闘いに、北海道の原告2組が相継いで敗れた。札幌の男性の訴えを退けた裁判所は今回、その判決で新たな違憲判断を示したが、道央の夫婦が起こした訴訟はほぼ門前払いとなり、原告代理人から「最低最悪」と酷評される結果に。司法の救いはまた遠ざかり、国の罪は残り続ける。(取材・文=小笠原 淳)
 

全国初、実名で原告に札幌・小島さんの60年

 
 足かけ4年にわたった闘いを経て、小島喜久夫さん(79)はその日も車椅子で札幌地方裁判所に赴いた。傍聴席には、妻の麗子さん(78)の姿。原告側に最も近い最前列左端に掛け、夫とともにその瞬間を待った。傍らの車椅子スペースはほぼ満席、右側の手話通訳席では耳の不自由な人たちが法壇に眼を注いでいる。
「主文。原告の請求を棄却する」
 廣瀬孝裁判長の一声に、静かな途惑いの反応。原告代理人の齋藤耕弁護士(札幌弁護士会)は傍聴席の方向に上半身を傾け、眼に角を立てて両手で×印を作った。
 

 19歳でその被害を受けてから、早60年。身に覚えのない疾患で札幌の精神科病院に軟禁され「子供をつくれなくする手術」を受けた小島さんは、長いこと病院を恨み続けた。それが法律に基づく強制措置だったと知ったのは、つい3年ほど前のこと。
「不良な子孫の出生を防止する」と謳われた旧優生保護法は1996年に母体保護法として改正されるまで、約半世紀の間に8万4000人あまりの不妊・中絶被害者を生んだ。その1人である宮城県の女性が国を訴える裁判を起こしたことを知り、小島さんは初めて口を開いた。
「おれもあの手術、受けたんだ」
 

「毎日、一度だって裁判のことを忘れた日はありません」と、小島喜久夫さん(1月15日午後、札幌市内)

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北海道はかつて広報番組で優生思想を啓発、「異常児は一生の悲劇」と断じていた(1969年製作『私たちの道政』№155の一齣)=北海道立文書館所蔵

「毎日、一度だって裁判のことを忘れた日はありません」と、小島喜久夫さん(1月15日午後、札幌市内)

北海道はかつて広報番組で優生思想を啓発、「異常児は一生の悲劇」と断じていた(1969年製作『私たちの道政』№155の一齣)=北海道立文書館所蔵

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