犯罪被害の回復とは(2)
「何よりも大切なのは人の命。1人でも多くの人に伝えたい」

2019年7月号

愛娘を喪った事件とその後の活動を語る生井さん(5月23日午前、札幌双葉法律事務所で)
生井 澄子(なまい・すみこ)1936年6月、宗谷管内頓別村(現・浜頓別町)生まれ。北星学園女子短大(現・北星学園大短期大学部)卒。56年北海道入庁、林務部(当時)に勤務。65年退職。夫の郁朗さん(故人)との間に2女をもうけ、専業主婦に。90年12月、自宅付近で起きた殺人事件で当時24歳だった長女・宙恵さんを喪う。2009年殺人事件被害者遺族の会(宙の会)参加、同幹事(現職)。札幌市在住、83歳

殺人事件被害者遺族の会(宙の会)幹事生井(なまい) 澄子さんに訊く

突然の別れから、29年が過ぎた。札幌市西区の生井澄子さん(83)は「たくさんの人たちに支えられ、とても幸せな日々だった」と振り返り、「但し」とつけ加える。「あの事件そのものを除いて」──。長女・宙恵(みちえ)さんを喪った事件の時効成立後、各地で同じ不幸に見舞われた人たちと手を取り合い、被害者遺族に寄り添う法改正を実現させた。当事者の立場で「人の命は何よりも大切」と説き続けるのは、新たな不幸を少しでも減らしたいからにほかならない。(聞き手=本誌編集長・工藤年泰)
 

「凶悪犯罪、世の中から一件でも減って欲しい」

 2009年2月に発足した殺人事件被害者遺族の会(東京都千代田区、小林賢二会長)は、「宙そらの会」の通称を持つ。「無限に続く時間」を意味する一文字が生井さんの長女・宙恵さんの名と重なったのは、偶然とはいえ運命的だった。
 設立当初から会の仲間とともに行政や立法へのはたらきかけを重ね、発足翌年には凶悪事件の時効撤廃を実現させることになる。だが、生井さん自身が遺族となった事件ではすでに時効が完成しており、犯人とされる人物は現在も逃亡中。事件解決への希望を絶たれながら、それでも法改正や制度の改善に尽力することができたのは、犯罪を少しでも減らしたい一心ゆえだった。地元警察の依頼を受けては、北海道内の学校などに出向いて命の大切さを伝え続けている。



 生井 一番強く思うのは、「一件でも犯罪が減って欲しい」ということです。物を盗むとか暴力を振るうとか、とりわけ人の命を奪うことは、絶対にいけないんだと。他人の命はもちろん、自分の命も粗末にしてはいけない。誰かの命は、その人だけの命ではないんです。1人の人生が喪われると、家族や友達、学校の先生や職場の仲間など、周りにいるたくさんの人たちが長く苦しみ続けることになりますから。
 

信金職員時代の宙恵さん

民事提訴時に生井さんが提出した陳述書

保育園時代に宙恵さんが澄子さんを描いた絵

“巧妙な新型コロナ”に立ち向かえ 札医大附属病院長 に訊く

ザイ・コンファーム社 小林健治氏の不法行為を追う

道警がことごとく適法にしたヤジ排除

指定感染症故のジレンマ 札幌市保健所

事件の遺留品である宙恵さんのバッグ

宙恵さんが5歳だった頃の手形

とりわけ仲のいい親子だった

生井さんと山田弁護士

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