地域包括ケアに寄与しながら高齢者の口腔ケアを積極展開
「訪問診療」で健康に貢献する札幌の北32条歯科クリニック

2019年12月号

人生経験豊かなスタッフが集う「北32条歯科クリニック」(前列左端が工藤さん)

Medical Report

高齢化の進展に伴い、通院が困難な高齢者の自宅に出向いて歯科治療や口腔ケアを担う訪問診療の重要性が高まっている。特に治療後の口腔ケアは、低栄養や誤嚥性肺炎などの予防に高い効果が認められており、患者のQOL維持にとって欠かせないと言われる。ただ歯科衛生士の不足などから訪問診療を導入する医療機関はまだ少数。そんな中、開院以来この分野に力を注いでいるのが「北32条歯科クリニック」(札幌市北区)だ。森山誠一院長ら歯科医師と歯科衛生士が〝ワンチーム〟となって高齢者や地域住民の健康を口から支える取り組みを取材した。
 

小さいクリニックの大きな「働き方改革」

 
 過去に札幌や函館、羽幌などで複数の歯科医院を経営し、インプラント治療でも実績のある歯科医師の森山誠一氏(80)を院長に迎え、「北32条歯科クリニック」が開院したのは2010年6月。患者の求めに応じて継続的、計画的に自宅に出向く訪問診療がスタートしたのは外来部門とほぼ同時だった。クリニックから規定の半径16キロ圏内である北区や東区などをカバーし、今では1カ月の訪問件数は延べ約180件を数える。患者の9割が寝たきりや歩行困難の通院が難しい高齢者で、最高齢は103歳だという。「道内ではJR在来線の廃止などで買い物や通院の足を失い、地方から札幌に転居する高齢者が増えています。団塊の世代が75歳以上になり、医療費の急増が国の財政を圧迫する『2025年問題』も課題となっており、訪問歯科診療は間違いなくニーズがあると思いました」
 歯科衛生士たちのリーダー格でケアマネージャーの資格もある工藤由加里さん(46)は、こう話す。
 訪問歯科診療の重要性が指摘されながら普及が進まない背景には「外来の治療で手が回らない」「移動時間がかかり負担が大きい」「マンパワー不足」などがある。
 特に歯石の除去や歯磨き指導、口腔の機能低下を防止するマッサージといったケアを主に担う国家資格の歯科衛生士は全国的に不足傾向にあり、歯科での訪問診療の普及にブレーキをかけているようだ。
 こうした中で同クリニックは月曜日から金曜日までの毎日、歯科医師と歯科衛生士が患者の自宅や介護施設に出向き、今では訪問診療は外来と並ぶ大きな柱になっている。
 それを可能にしたのが、スタッフ一人ひとりのライフスタイルや目標に合わせた働き方だ。
 同クリニックには森山院長をはじめとする歯科医師6人と工藤さんら歯科衛生士7人が在籍しているが、常勤は森山院長、工藤さんともう一人の歯科衛生士だけ。他のスタッフは希望する曜日と時間帯に働く非常勤扱いだ。院長以外のスタッフは全て女性というのも特徴で、出産や育児、親の介護などそれぞれのライフスタイルに合わせた柔軟な働き方をしている。「フルタイムの勤務は無理だけど仕事をしたい。そんな女性の歯科医師や歯科衛生士が集まってできたのが北32条歯科クリニックです。雇用形態はパートですが、これからの時代はパートの力がますます必要とされると思います」(工藤さん)
 子育てや親の介護を経験した歯科衛生士は、高齢者とのコミュニケーションの取り方が上手い人が多いという。「若い人たちに比べ人生経験が豊富なので、患者さんやご家族の悩みが分かる。仕事でブランクがあった人間ならではの視点や懐の深さもある。そういう意味で患者さんとしっかり向き合うことができていると思います」と工藤さんは胸をはる。
 

現役最後のキャリアとして訪問診療に力を注ぐ森山院長

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在宅患者に寄り添いながら全身状態の改善につなげる

 
 虫歯や歯周病を放置すると、やがて歯を失い咀嚼機能の低下を招き、栄養を十分に摂れない状態となる。また嚥下機能が衰えた場合、食べ物や唾液が気管に入ってしまうことがある。この時、口の中の細菌が肺に入って起きるのが誤嚥性肺炎だ。口腔ケアによって汚れや細菌を減らすことは、この誤嚥性肺炎の予防につながる。近年は歯周病などの歯科疾患と認知症、糖尿病、心疾患との関わりも指摘され、体の健康とQОLの向上という観点からも口腔ケアの必要性が叫ばれている。
 訪問歯科診療では虫歯や歯周病の治療のほか義歯の調整、歯石の除去、歯磨き指導など外来と同じケアを受けることができるため、将来的な医療費の抑制にもつながると期待されている。
 同クリニックでは訪問先のほとんどが高齢者であることから「複数の目と耳」を大事にし、歯科医師1人に対し歯科衛生士2人がチームを組み、きめ細かい診療に取り組んでいる。その際に持ち運ぶのが「訪問診療ユニット」という医療機器だ。
 ケアプランを作成するケアマネージャーからの依頼が最も多く、「要介護者の食が細くなってきたが歯を治せば栄養が摂れる」などと判断したケースが代表的だ。
 歯の治療や口腔ケアは高齢者の健康状態を左右するだけに、訪問歯科診療を積極的に取り入れる介護事業所は増加傾向にある。
 札幌市では80歳になっても20本以上の自分の歯を保つ「8020運動」が効果を上げ、80歳以上の2人に1人は20本以上の歯があると言われる。だが、寝たきりになると自分で顔を洗ったり歯を磨けなくなる。この中で重要になるのが「残っている歯のケア」。それらの歯で虫歯や歯周病の心配のある患者は先述の誤嚥性肺炎のリスクが高くなるからだ。月に1度は必ず訪問し、口腔内の状態を診て体調や食事に変化はないか。飲んでいる薬などもチェックする。
 食が細くなった患者の中には、歯肉が痩せ義歯が合わなくなり「食べ物を噛むと痛い」と訴える人が多いという。
「義歯が合わない時は修理をしたり、新しく作り直す必要のある時は型取りから始めます。訪問診療は歯を治すことがゴールではなく、どこまで在宅患者さんの咀嚼機能を回復させるかにかかっています」(工藤さん)
 在宅の高齢者の中には口腔内の問題を抱えていながら、経済的な問題で治療を諦めている人も少なくない。認知症の初期症状のある80代の女性は、義歯が合わなかったが生活が苦しく歯科に通うことを諦めていた入れ歯安定剤の替わりにティッシュを詰めるなどして工夫していたところを、ケアマネージャーが発見。ケアプランの一環として訪問診療につなげた。
 訪問先では老老介護で介護する側が疲弊しケアを必要としていたり、福祉に頼りたくないとゴミ屋敷状態の家に住んでいた高齢者もいた。ある独居老人はヘルパーが食事を運んで来るまでベッドに座り、人形やぬいぐるみに話しかけるのが日課だった。訪問すると、人間のように食事をさせようとしたのか、人形の口元が食べ物で汚れており、孤立しがちな高齢者の生活が見て取れた。
「そうした患者さんがケアによって食べられるようになると表情が明るくなり、言動も前向きになります。食べるということは、まさに生きるか死ぬかの問題。地域包括ケアシステムや見守りの視点からも医療と福祉の垣根のない環境を構築し、地域のニーズにきめ細かく対応していきたい」と工藤さんは力を込める。
 特に退院後、在宅療養をしている高齢者は口腔内の状況が悪化したり義歯の不具合が放置され、リスクが高まりやすい。患者の全身状態を把握するため訪問診療を行なう側には、家族やかかりつけ医、ケアマネージャー、ヘルパーなどと密な連携が求められる。
「最近はSNSがあるので、私たち歯科衛生士がパイプ役となり患者さんの主治医やケアマネさんたちとメールでやり取りしながら情報を集めることが多い」(工藤さん)

患者の自宅で治療を行なう森山院長

訪問先では高齢者へのきめ細かな配慮が欠かせない

外来と同じ治療を可能にする訪問診療ユニット

患者の自宅で治療を行なう森山院長

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現役最後のキャリアとして訪問診療に力を注ぐ森山院長

「北32条ファミリーしんぶん」を手にする工藤さん

「口腔ケアで地域の人の健康寿命を延ばしたい」

 
 忘れてならないのは、この北32条歯科クリニックの中心にいる森山院長の存在だ。
「歯医者としてのこれまでの人生の中で、今がいちばんやりがいを感じています。頼りになるスタッフに囲まれ、ここでは純粋に医療に没頭できている。現役として訪問先で患者さんに向き合う残りの時間を大事にしたいと思います」(森山院長)
 毎朝、誰よりも早く出勤し院内の掃除を日課としている森山院長。自身も高齢であるがゆえに患者に寄り添うことができ、訪問先から多くの信頼が寄せられているという。
 開院から約10年。外来、訪問診療ともに同クリニックが大事にしているのは患者との関係を途切れさせないことだ。そのため予約時間の順守を徹底して極力患者を待たせず、痛くない治療にも力を入れている。
「放置されて行き場のない患者さんを作りたくない。そして口腔ケアの必要性をもっと伝えていきたい。そのためブログで定期的に情報を発信し、『北32条ファミリーしんぶん』という広報紙も月1回発行しています」(工藤さん)
 歯科医師と歯科衛生士が“ワンチーム”になっている感がある同クリニック。森山院長を尊敬してやまない工藤さんは、最後に次のような夢を語った。
「訪問診療を通じて、私たち歯科衛生士が自立できる武器を身に付けたいと考えるようになりました。例えば、訪問看護ステーションのように気軽にお口のトラブルの相談に応じる訪問口腔ケアステーションがあってもいいかなと思います。口腔ケアで地域の人の健康寿命を延ばすお手伝いをしていきたいですね」



北32条歯科クリニック
札幌市北区北32 条西3丁目3の12 南麻生ビル2階
TEL:011-756-0995

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